読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大江健三郎を読むために/6つのメモ:『取り替え子(チェンジリング)』

取り替え子 (講談社文庫)

取り替え子 (講談社文庫)

1.『取り替え子』は、大江健三郎を模した作家、長江古義人を中心に書かれているものの、その最終章だけは、古義人の妻である千樫の視点から書かれている。ということは、よく知られているわけだけれど、その最終章の、それも最後の節において、千樫が自分の考えをスケッチブックに書き出す場面が出てくる。そこで、すぐにはうまくのみこめない文章が出てくる。

吾良が “A Quiet Life” を作った時、試写会場の暗いなかで拍手が続くのを聞きながら、この映画を作ることで、吾良も本来の無垢な自分を取り返した、と嬉しかった。ところが、それから間を置かず、吾良はビルの屋上から跳び降りてしまった。外側のあの向こうへ、なんという過った出て行き方をしたことだろう! 

 アカリは “Goro” というチェロとピアノの曲を書いて、伯父さんを悼んだ。あの曲を作ることで、アカリは自分にはよくわからない悲しみと恐怖から恢復したと思う。吾良の死は古義人を苦しめ、田亀に惑溺させもしたが、やがて夫も外側のあの向こうのことをウソなしに書くことができるのではないか?

 それが夫に小説家として死に到ることの、本当の意味を明かすだろう。(強調引用者)

 小説家として死に至ることの本当の意味。千樫が不意に語りだすその言葉は、全体を読んでいるなかで感覚的に掴めてしまいそうで、しかし一瞬でも立ち止まると、その像はうまく捉えられない。なぜ、「外側のあの向こうのことをウソなしに書く」ことが、「小説家として死に至ることの、本当の意味を明かす」のだろう。
 まず、「外側のあの向こう」という言葉は、古義人とともに「アレ」と称される体験を経て千樫のもとに帰ってきた吾良に対して用いられる。
帰ってきた吾良は、外側のあの向こうの気配を引きずっていたのだ。そしてあれから、外側のあの向こうの気配は、吾良とともにいつも在ったと思う。

 千樫の目に、吾良はその日以来、「本当の吾良と取り替えられた」ように見える。つまり、今目の前にいる吾良は本当ではない、と(これにあわせて、モーリス・センダックチェンジリングに関する思索が参照される)。先の引用でも、吾良は、映画製作を通じて「本来の無垢な自分を取り返」すことが望まれている。「外側のあの向こう」は、取り返すべき「本来」「無垢」と対立する。

 これは、吾良だけに限ることではなく、息子のアカリに対しても述べられることだ。アカリは障害を持って生まれた。だが、「私はアカリが音楽をつうじて、完全な美しさの自分を取り戻した、と感じた」。ここでは、「取り戻」すべきは「完全な美しさ」とされている。

 視点を「取り戻す」ことにずらしてみれば、「あの曲を作ることで、アカリは自分にはよくわからない悲しみと恐怖から恢復した」という箇所もまた、「外側のあの向こう」と対立していることがわかる。「外側のあの向こう」とは、「よくわからない」、そこから恢復すべきものとしてある。

 さらに、吾良が自死したことを「外側のあの向こうへ、なんという過った出て行き方をしたことだろう!」と描写していることから、それが死のイメージを帯びていることもまたわかるだろう。

 つまり、「外側のあの向こう」「よくわからないなにか」「死」という3項目が、相互関係を結んでいるのである。

 その相互関係を、チェンジリングの概念が取り持つことになる。というのも、そもそも「外側のあの向こう」にいる存在として語られるのは、大きな暴力を伴った存在、すなわち暴力団テロリズム、赤ん坊を連れ去るゴブリンなどだった。それらは確かに、「取り戻す」べき「完全な美しさ」とは真逆のものたちに思える。だが、それら自身が死んでいるわけではない。本来ではない吾良は、自死に至るまでは死んではいなかった。……そのように、チェンジリングは、「外側のあの向こう」を、物質的な死とは別の死と接続させる。「本来の自分」「完全な美しさの自分」と対立するものとしての死。

 そして、忘れてはならないのは、「外側のあの向こう」の者たちと一見して距離を置いているかのような古義人が、他でもない「吾良を外側のあの向こうに導いた案内人」として記述されているということだ。

 

2.アカリがそれを通じて恢復し、吾良がそれを通じて本来の無垢な自分を取り戻すところの「音楽・映画の制作」は、「自分にはよくわからない悲しみと恐怖」からの恢復に関わるものだという。

 一方、大江にとって、小説を書くという行為は、書き手である自分には「よくわからない」存在を、テクストとして表現してしまう営みだった。

『壊れものとしての人間』は、その僕にとっての谷間と森のありようを、実際にこれら一連の文章を書いていた際に自覚していたよりもよく表現しえている。そしてそのようなかたちでの、それを書く際の僕の意識と、実際に書いたものが自立して表現する内容との相関をめぐっていえば、この作品はエッセイ・評論に属するのではあるが、しかし僕の書いたものとして小説の領域にもっとも近い表現であるように思われるのである。

「未来へ向けて回想する――自己解釈(五)」

大江健三郎同時代論集〈5〉読む行為 (1981年)
 

 

 そして、小説の書き手としての役目を負わされた古義人は、外側のあの向こうへの案内人となる。

 以上のような経緯をふまえたうえで、「やがて夫も外側のあの向こうのことをウソなしに書くことができるのではないか?/それが夫に小説家として死に到ることの、本当の意味を明かすだろう」という、ふたつの文章の接続のあり方を見てみれば、小説を書くという行為が、一方ではアカリにとっての音楽制作や吾良にとっての映画制作のように「自分にはよくわからない」ものと接するものとしてありながら、同時に、音楽や映画の制作とは異なり、単純に書き手の恢復を促すだけのものではないことがわかる。

(いや、これはもっときちんと考えるべきなんだろう。小説だけでなく、すべての表現が、「自分にはよくわからない」ものと関わる限りで、単純な恢復とは別のものであるということは、容易に想像ができる。もっとよく検討すべきだけれど、とはいえひとまず……)

 小説を書くということは、「自分にはよくわからない」「外側のあの向こう」の表現を、書き手の死を含めて検討するということでもある。小説における「ウソではない」表現は、書き手を小説家へと変貌させ、さらにそれにふさわしい死を志向させる。本当の表現の達成と、死の本当の意味の発見が、同時に生じてしまう。

 本当とはなにか?  

 そのときの本当とは、すわなち表現者と、制作・表現行為の間にある関係性に、強く依存するものであるはずだ。

 アカリが自らを恢復させた「音楽」について、大江が書き記す文章のなかには、真実、という言葉が見受けられる。それは、言語芸術や聴覚芸術といった表現方法の差異を超えた、環境内の構造とでも呼びうるようなものとして存在する。

 大江は虚構と現実をないまぜにした地点を目指しているのではない。虚構と現実を超えたものとしての「本当」の地点を目指しているのであり、そのためにも、複数の人物、複数の世界観、複数の表現方法が、折り重なるように用いられる。それらは、世界の関数を抽出するための探索行為となる。

 母親が生の最後まで彼女の世話をした妹を介して私に伝えた、最終的な和解の言葉があります。私がこれまでに書いた土地の神話=民話宇宙についての物語は、すべてあらゆる細部についてまで真実であったし、この土地から「外部」に墜ちて行った私がそこでなしとげた最良のことは、この土地の神話=民話宇宙のすべての根本にあるものを、障害を持つ子供をつうじて音楽に表現したことだ。そしてその音楽は、この土地の地形学的構造のなかで、過去においても未来にわたっても、つねに鳴り響いてきたものであり、鳴り響くはずのものだ、と母はいったということでした。
 いま、私もその音楽を心の耳に聞いていると思います。

「小説の神話宇宙に私を探す試み」

大江健三郎・再発見

大江健三郎・再発見

 

 

 

3.

 ――こういう仕方で魂が死んだ肉体を離れるとすれば、魂自体にとってはね、死は自覚されようがないだろう? 死ぬのは肉体で、肉体の死の瞬間、魂はそこから離れてしまっているんだから。つまり魂はいつまでも生きていて、肉体の感じとる時間と空間の感覚とは別の……僕にもよくわかっていなくて、手さぐりでいうんだけれども……無限であって一瞬でもあり、全宇宙であって一点でもあるというような、別の次元の、時間と空間へ移るんじゃないだろうか? そうすれば、魂はいつまでも死ということに気が付いていない、無邪気な存在だと思うね。

 あの少年の日、考え方自体より、その表現の仕方の滑稽さを楽しむものだった会話がいまは実際になって、自分の肉体が死んだことにまったく気付かぬふうに、吾良の魂は田亀で語りかけていた。

 前半の語りが後半の「実際になって」という言葉で変化するとき、なにが実際になるのだろうか。死が自覚されないことか。それとも、死は「無限であって一瞬でもあり、全宇宙であって一点でもあるというような、別の次元の、時間と空間へ移る」ものだった、ということが吾良によって確認・報告されたのだろうか? その死のイメージは、大江がベンヤミンについて語る内容と共鳴する。

 ベンヤミンの歴史と大江健三郎の宇宙船 - describe,

 次の引用は、『取り替え子』刊行直後の講演による。

ベンヤミンも[武満徹と]同じようにして、「意識」の敷居を越えて「夢」の「庭」に入って行く。一瞬に現われた「夢」の静止画のなかを歩いて行くのです。かれの『パサージュ論』の遺稿メモを、直接にドイツ語のところだけははぶいて、三島憲一役で引用してみましょう。

 過去がその光を現在に投射するのでも、また現在が過去にその光を投げかけるのでもない。そうではなく、イメージのなかでこそ、かつてあったものは、この今と閃光のごとく一瞬にであい、ひとつの状況(コンステラツイオーン)を作り上げるのである。言い替えれば、イメージは静止状態の弁証法である。

 ここで状況と訳されているドイツ語 konstellation は、星座という意味の言葉でもありますね。ベンヤミンにとってやはり大切な概念である星座は、つまり宇宙について、また歴史について、人間の作りあげる静止モデルのことです。それを見ようとして、現実から敷居をまたぐのです。意識して「夢」の「庭」に入って行くのです。

武満徹のエラボレーション」

言い難き嘆きもて (講談社文庫)

言い難き嘆きもて (講談社文庫)

 

 

 星座としての宇宙、星座としての歴史。そして星座としての魂を考えたとき、それは「本当の自分を取り戻す」営みと重なりはじめる。やはりそこでも、本当とはなにか、それを認識するのは誰か、という問題が見え隠れしている。


4.

私はアカリが音楽をつうじて、完全な美しさの自分を取り戻した、と感じた。

私が、お母様の代りに、もう一度、あの美しい子供を生もう。取り替えられて居なくなった本当の吾良が、新しい子供として生まれて来るようにしよう……

 中世哲学における美は、存在に関わる善と同じ性質を持ちつつも、認識に由来するという点で、善とは異なる。美は、類比・類似と関係する。神と似ること、私が私であること。能動と受動を調停する関係性。

眼が悪のめやににかすみ、浄らかさを得ていなければ、あるいはその視力が弱ければ、見ようとしてもしりごみを覚えて、素晴らしく輝くものを眺めることができない。たとえ見得るものがすぐ眼前にあることを他人が指摘してくれても、何一つ見ることができない。すなわち見るものたる眼は、見られるものたる対象と同族化し、類似化した上で、観照にのり出さなければならないのである。その理由は、眼が太陽と似ていなければ眼は断じて太陽を見ることができないし、魂もそれ自身が美しくなっていなければ、美を見ることができないという点にある。神を観、美を観ようとする者は、誰でもまず何よりも、神に類似していなければならない、美しい自己となっていなければならない。

プロティノス「美について」

プロティノス「美について」 (講談社学術文庫)

プロティノス「美について」 (講談社学術文庫)

美と善とは、その基体においては同じものである。両者いずれも同一のものの上に、つまり形相の上に基礎を持つものだからであって、「善がうるわしいもの即ち美として賞讃される」のもこのことに基づいている。然しながら両者は概念としては異なったものである。けだし、善は本来、希求に関わっている。善とは、すなわち、万物の希求するところのものなのである。それは、だから、目的という意味を持っている。希求はいわばものごとに向かっての運動だからである。美は、これに反して、認識力に関わるのであって、すなわち、見てよろこびの感じられるものが美と呼ばれるのである。かくて、美は然るべき均斉 proportio において成立する。すなわち、感覚は然るべく均斉のとれた事物を、自己に似たものとしてよろこぶのである。事実、感覚も一種の比 ratio なのであり、のみならず認識の能力はすべて然るのである――。かくして、認識は類似化ということによって行われ、類似は然るに形相に関わるものなるがゆえに、美は本来的に、形相因の性格を持つものに属している。

トマス・アクィナス神学大全」第一部第五問第四項

神学大全 第1冊 第1部 1~13

神学大全 第1冊 第1部 1~13

 

 

 大江健三郎の作品内でも、類似が大きな問題となる。似ること。シマ・ウラは、ある男との間に子どもを授かるが、その男は吾良と顔が似ているだけであり、シマ・ウラは彼の話すことには興味が持てないという。千樫は、吾良の美しさに対して、自分が似ていないことを気にかける。さらに、モーリス・センダックの作品のなかの人物と自分を、瓜二つのものとして受け止める。

 類似は、小説の技法としての側面と、主体の持つ認知的な因果律の措定に関わる側面の、両方をあわせもっている。すなわち、生まれた子どもが誰かの生まれ変わりであると言うとき、複数の人物がひとつの身体に圧縮されたかたちで認識されているのであり、そこには類比関係を用いた対象の一元化がある。

 また同時に、その類似・圧縮認知は、しかし完全な同一化を果たすわけではないために、情報の交通経路として機能することにもなる。吾良に似ているとたびたび描写されるアカリは、読み手に対しても、作品内登場人物たちに対しても、彼らの認知と行為において、アカリを吾良として処理する可能性の保持を強いる。アカリが吾良の役を演じているのか、それとも逆か? はたしてその区別に意味があるのか。

 

5.古義人が話す、生まれ変わりの話……古義人が子どもだったころ、熱にうなされて死にかけている彼に、母親が口にする言葉。

 ――もしあなたが死んでも、私がもう一度、生んであげるから、大丈夫。

 ――……けれども、その子供は、いま死んでゆく僕とは違う子供でしょう?

 ――いいえ、同じですよ、と母はいいました。あなたが私から生まれて、いままでに見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしてきたこと、それを全部新しいあなたに話してあげます。それから、いまのあなたの知っている言葉を、新しいあなたも話すことになるのだから、ふたりの子供はすっかり同じですよ。

 言葉で魂が発生する。大江的心身問題。これは『水死』に至るまで、何度も記述されるエピソードだ。よく読むと、息子しか知らないことを母親が語り得てしまうという、演劇のモチーフとも関係のある問題が見え隠れしているし、そこで「同じ」だと認知するのは誰なのか、という問題も容易に生じうるが、ひとまずおいておこう。なにより問題なのは、言葉と魂の問題が、教育に絡んでいるらしいことだ。幼い古義人は、元気になって学校に登校したものの、「いまここにいる自分は、あの熱を出して苦しんでいた子供が死んだ後、お母さんにもう一度生んでもらった、新しい子供じゃないだろうか?」と悩みはじめる。

 この教室や運動場にいる子供たちは、みんな、大人になることができないで死んだ子供たちの、見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしたこと、それを全部話してもらって、その子供たちの替りに生きているのじゃないだろうか? その証拠に、僕らはみんな同じ言葉を受けついで話している。

 そして僕らはみんな、その言葉をしっかり自分のものにするために、学校へ来ているのじゃないか? 国語だけじゃなく、理科も算数も、体操ですらも、死んだ子供らの言葉を受け継ぐために必要なのだと思う! ひとりで森のなかに入って、植物図鑑と目の前の樹木を照らしあわせているだけでは、死んだ子供の替りに、その子供と同じ、新しい子供になることはできない。だから、僕らは、このように学校に来て、みんなで一緒に勉強したり遊んだりしているのだ……

 世界認識モデルを中心とした、個人と全体の関係。教育。その問題を実践に移したのが、『水死』における『こころ』演劇化のシーンだとも言えるだろう。つまり、教育の問題は、魂や言葉とともに、身体や語りに関わり、小説においてパフォーマティブに展開される。さらに、「本当にあったこと」という概念とともに、歴史や想起の問題にも接続されるだろう。小説を(ウソでなく)書くこと。他者や過去を書くこと。本当の自分と小説を書く行為の関係性。

 わたしが誰かについて書く、というとき、その書かれた誰かは、誰かそのものに似ていなければならないだろう。だが、似るということは、それを判断する主体を必要とする、ように思える。主体を介さない「類似」を考えること。出産による転生。死んだあの人を産みなおす。「吾良の替りの子供を産もう」。そのとき、クザーヌスやトマス・アクィナスらが必死に考えた、神と人間の問題、私が私であることの問題、魂の問題が、召喚されることになる。

 

 6.

「こちら側の世界にいるというより、もうあらかた向こう側に移行している者のよう」だと描写される人物がいる。古義人の母だ。彼女の語る内容は、この小説の技法そのものを示そうとする。

 ――古義人さんに会いたいものじゃと、この春の初めから(すでに秋だった)念じておったのでな……いまあなたがそこに坐っておられても、半分は自分の空想がそこで食事をしておるかと思っていますよ。わたしはもう耳も遠いのに、古義人さんの言葉は……子供の時から口を大きく開けて話さなんだのが改良されておらず……よく聞きとれませんしな!

 半ばは現実のことで、半ばは架空のことのように思いますよ! それにな、この頃は何につけても、これは全部現実のことやと、とくに思い込もうともしませんが!

 古義人さんに会いたいものじゃと念じておる時は、まあ、半分かたはあなたがここにおられます。そういう時、私があなたに意見をすると、家の者らは笑うだけですよ。ところが、あなたがテレヴィで話をしておる際に、それは違いますよ、と私が機械にいいますとな、曾孫までが、それは古義人さんに失礼じゃ、と制止します。私が幻に話しをするのがおかしいのなら、テレヴィの画も幻でしょうが?私の見る幻には機械がついていないからというて、テレヴィの画より不確かですか? それは、根拠のあることですか?

 まあ、私にはもうあらかたが幻ですな。なにもかもテレヴィ同然で、実際に私と一緒にものがあるのやらどうやら……幻と暮らしておりますよ。そのうち私も、実際のものとしてはのうなって、幻だけになるということですが! それでも、この谷間がな、幻の舞台であることに変りはないのやから、いつこちらから向こうへ移ったか、私にもようわからんのやないやろうかなあ?

 根拠、という言葉は、『水死』での「想像」に関する定義を思い出させる。根拠があれば、本当である、と……死者に語らせること、幻の舞台を作りあげること

死んでいる人間をして、あらためて十全に生きせしめる。死んでいる人間に生き生きと語らしめるということは、昔からの、文学を書こうとしている人間の夢の一つだと思います。

大江健三郎の文学」

大江健三郎・再発見

大江健三郎・再発見

  田亀や絵コンテ、そしてそれらを孕むことで発達する「小説を書く行為」は、以上のような目的を据えた上で「類似」「外側」「死」「出産」などをつなぐものとして、考えられなければならないだろう。

 作中内の非言語的メディウムは、主体の認知を拡張するような言語表現を書き手に許す技術としてのメディウムの役割を持つ。何人もの人間の身体と環境認識能力を、書く行為において何重にも重ねあわせ、それらの総体としてひとつの小説を書き上げることをもって、人が小説家となる。

 その彼が、死ぬ、ということとはなにか。ウソではない書き方で「外側のあの向こう」を書くとはどういうことか。

「小説を書くことが死者を弔うことにつながるのかどうか、つながるならばどのようにそれはなされるのか?」という問題へとつながっていくだろうその思考は、次作の『憂い顔の童子』において、「二百年の子供」としての「童子」をめぐるものとして展開されることになるはずだ。


 7/28追記 

 大江は2014年に行われた古井由吉との対談で、小説における舞台の制作に関して、古井とともに積極的に検討している。この対談で大江が行っている古井の「方違え」という短編小説の分析は、小説の舞台と呼ばれるものがどのようなものかをとても明確にあらわしているし、ほかにもすごいことがたくさん話されているのだけれど、それらを引用しようとすれば、そのまま全体をまるごと引用することになってしまいかねないから、抜き書きしてもわかりやすいだろうところだけを、いくつか引用しておくだけにとどめる。

「言葉の宙に迷い、カオスを渡る」『新潮』2014年6月号。

 古井 神話を観客の前で演ずるわけですが、当時の観客はアガメムノーンがどうなるか、オイディプスがどうなるか、という話の展開は神話から知っていたはずです。そういう観客を引きつけるには、よほど舞台上の対話に、登場人物の運命を知っているはずの観客にも息を呑ませるような、条理と不条理の間の緊迫がなくてはならない。観覧自在ということでは神々にひとしい見物人を相手に、舞台をこしらえるような。ギリシャ悲劇は、個人的な営みじゃなかろうと思うんです。ポリスという共同体の営みだったのでしょう。

 

大江 演劇の舞台を作る天才たちが、アイスキュロスソポクレース、エウリーピデースと現れたことの不思議を、今日の話の導入にしようかと思っていたのですが、この前の対談[「詩を読む、時を眺める」]を見たら、古井さんが、それよりも端的に今度のお仕事に通じることを言われていました。
「……僕の分担は「劇」が始まる前までだと思ってるんですよ。小説家はシナリオを書くわけでもないし、ましてや役者として舞台に立つわけではない。芝居の始まる前の雰囲気なり緊張感なりを小説の仕舞いに遺せるかどうか。」
「とにもかくにも雰囲気や緊張や期待を含めて芝居の始まる前までの現在をあらわせられるのなら、以て瞑すべしと思っています。」 
(…)舞台という言葉をギリシャ悲劇にはっきり結びながら、「舞台が作られれば、小説は完成する」とあなたが考えていられることが、『鐘の渡り』を読んでよくわかりました。 


大江 読者から見ると、この小説[『鐘の渡り』]は、その舞台を最後に実現する設定を作家が作り、しかし、それをやりとげるにはどうすればいいか苦しいほどの仕方で考えていく作業が続き、そしてついにくっきりとその舞台が出来上がったことを見せる仕方で書かれています。


古井 僕の小説は最後に役者が出てくるところでおしまいになる。それからどういう芝居が展開するのかは、いつも先送りになってます。
 小説の本来は何かとは考えるんですよ。すると、僕のやってることは小説の本来の、その直前までじゃないかという意識はあります。
大江 直前までというのが凄いところです。僕は『晩年様式集』を書くうちに、もう小説は終った、と感じ始めたのですが、振り返ってみると、二十二歳のときから自分には小説を書くことのほかにはなにもなかったという気がします。
 今も古典に類するものは別にして、同時代の小説を熱心に読むのは、自分がどのように舞台をつくったのだったかを検討したくてよそを覗いているんです。そんな自分にとって、『鐘の渡り』は、いま現在の作家の仕事の規範のようでした。小説の道のここが行き止まりなんじゃないかと切羽つまった気持ちになるほどでした。
古井 個人の書く小説が最後のところでギリシャ悲劇に通じていくのであれば、それは小説にとって救いになるのではないかと思います。だからこそ、「小説」の行為は、もうこれが最後だと思っても、やはり「n+1」となって、「+1」が残ってしまう……。僕が大江さんの小説を読んでいていても興味深いのは、その「+1」なんですよ。その都度、反復じゃない「+1」がどうしても出てくるでしょう?
大江 あなたが言われた「反復」という言葉は大切な言葉です。老年になってみると、ほとんど反復しているのだけれど、しかも「+1」をねがっている……あなたの言ってくださったことをねがっていた、と思います。古井さんの小説も、一篇一篇ではいわば反復という手法を取っているところがある。しかし、八篇の小説をあらためて読み通すと、それぞれが違う復原となっている。それこそ「+1」が新しい舞台をみたしているんです。
 しかし、いまあなたの反復という言葉を受けとめて、あらためてギクリとすることがあります。
 僕の小説はこの十五年についてとくに明らかですが、枠組みとして、新しい舞台に出て来る人物の、役柄を作ってしまっていたということです。長江古義人という小説家がいて、妻がいて、アカリという障害を持った子どもがいる。なにより先にその舞台の枠組みを作ってしまっては、古井さんのめざされる最後の飛躍としての舞台作りにはいたらないのではないかという思いはずっとありました。
古井 しかし、最初に舞台を設定しても、書き進めるにつれて、その舞台の奥行きや流れは変質しませんか。
大江 その通りです。自分ではそれを頼りにしていたわけです。先の自覚はありながら……。
古井 大江さんの小説には、その面白さがあるのではないでしょうか。舞台とは書き手から独立した生命体で、独自の成長力と繁殖力があるでしょう?舞台が勝手に動く。舞台が書き手をつぎへうながす。つぎをせまる。これは、書き手にとってもどうにもならないようなものですね。
大江 あなたの評価には励まされます。しかし、僕が「+1」をなんとかだしえたかとすれば、前もってのその枠組みに支えられて、のことなんです。その限界はあります。僕の小説の枠組みとしての長江古義人は老いてゆくことを除けば、変わらない。アカリも障害を持ちながら年を加えてゆくことで人間らしい深まりはあると思いますが、やはり根本的には変わらない。彼らのその生活を描いてゆくうちに、なんらかの新しいものがあらわれて「+1」を表現して小説が終わる。そして次の小説へと進むけれど、当の枠組みは続けられる。『晩年様式集』で終るまで僕は小説家として本質的な転換はなかった。アカリのモデルが生まれて来て若い長江古義人の引き受けたことは、そのように五十年続けられた、といえるようには思いますが。