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2015-09-08

家の外で、いしやーきいもー、みたいに、車がおばあさんの声で「あーべーじーじゃーべー」って何度も鳴らしながらゆっくりねり走っていた。
今日は朝からバスに乗り、松山市駅のあたりを歩くことに決めていた。それが昼過ぎになってしまった。特に困ることなんてない、なるべく家のまわりを歩いて写真を撮っておきたい、特に土砂崩れの写真がいまはほしい。けれど明日は雨だ。雨でも傘をさせば写真は撮れるとふんだ。
バスはむかしよく乗っていたものだから、乗ってすぐになるべくいろんなものを思い出すようにする。おじいさんとおばあさんが遅れてバスに乗ったり、台車を車内にのせてくれといったりするのに運転手のひとはすこし冷たい。田舎の運転手のひとがみんな最高に優しいわけじゃないのはもちろんそうなんだろう。東京でも、それなりに優しいこともあるんだから。
マドリン・ギンズ『ヘレン・ケラーまたは荒川修作』を読みながら松山市駅につくと高島屋にすぐに行って、寄るつもりもないのに紀伊国屋に行ってしまった。案の定、文芸誌をながめてしまい、すこしつかれる。私小説への注目と検討は、よりはやく、より重く、進める必要がある。松山に東急ハンズができると言って、いつも見ていた高島屋のなかのおもちゃやさんとDVD屋さんがなくなっていたのはすこしさみしい。
そのままhさんへのお土産を探しつつも、あまりいいものもなく、ジュンク堂にまで行ってしまう。本はいなかでも質のいいものが見つかる場所があるというのはいなかに住んでる子どもにとってどれだけいいか! ネットがあると言ってもまずは脈略もなくとうとつによいものに接続する必要がある十代半ば、まわりに示唆の役割を果たしたがる大人がいない限りはそういう場に行ってぐうぜん手に取る本をたよりに頭の地図を広げていくしかない。売れ行きのいいものしか置いてくれない地方本屋とは別に、いくらチェーン店とはいえジュンク堂がどんとひとつできてくれたときにはどれだけうれしかったか。その建物には以前は紀伊国屋が入っていた。その品揃えはかなり微妙だった、紀伊国屋高島屋のなかに移転した。紀伊国屋ができるまえの場所にはTSUTAYAがあってぼくはそこで13歳のころにスターウォーズのDVDボックスを買って何度も見た。
夏葉社のひとの小さなフェアがやっていてすこしびっくりした。夏葉社のひとは松山が好きで大学のころなんども行ってた、坊ちゃん書房に行って道後温泉に入って坊ちゃん団子をたらふく食べた、とジュンク堂松山店のフリーペーパーに(かんたんな両面刷りのコピー用紙だけれど)書いてあった。坊ちゃん坊ちゃんばっかりで笑ってしまう。いまこれを書いてるのは商店街のなかのベンチだけれど、すぐ目の前に坊ちゃん書房があるはずの場所がある、ぜんぜん違うお店が入っている。となりはパン屋だけれどその二階にも古本屋があったがぼくが高校生か中学生のときにつぶれた。そこで大江健三郎のレインツリーを買ったり純粋理性批判のいまはもう売られてない訳を買ったりしていたからなくなったときはとてもつらかった。坊ちゃん書房にもなんども行ったけれど坊ちゃん書房ではあまりものを買うというよりは、ほとんどひとの通れないくらい本が山積みになっているお店のなかで、古文書みたいな本を手にとって遊んでいた。むかしは中学校帰りとかは手荷物が多くてなかなか店内に入っていけなかったけれどそれでもそっと一歩ずつ歩き、別のお客さんと出くわすとどちらかが後ろに下がって道を開ける古本屋だった。それがなくなったというとあれだけの本はどこにいっただろう。まさかべつの古本屋が引き継げるような土地じゃない。他に古本屋なんてほとんどないんだから、どこにいくだろう。夏葉社の本が並んでるなかでやっぱりなぜか小島信夫を手にとって軽く読んで(そうだ、そうだ)と思い、(確かに文章はこうして書かれていくべきだろう)と考えている。とりあえずは、そういう気持ちに行き着くのはだいじだった。いま書いている(というより、作っている)ものも、ある程度の対話を、組み込む必要があるから、対話というと、大江もそうか、二人組……
信じられないくらい甘いにおいのするメロンパン屋さんがあった。日本で二番目においしい、とかなんとかとかが、店名についていた。そういうと信じられるんだろうか。むかし、あんまりにも古くてつぶてしまった電気屋さんのビルのところに、マンションがたとうとしていた。いなかでは太った男のひとと女のひとが並んで座って無表情で携帯を見ていることがあるけれどなんでこうもなんども見るんだろう。どうでもいいこと。
むかしなんども通っていたシネマルナティックという映画館の前まで行って、見上げて、離れた。田舎にいても本は質のいいものが手に入ったり網羅的に見て偶然出会うということがしやすいけれど、映画は難しい。演劇のほうがもっと難しい。映画はBSとかでがんばって見ていた、むかしネットで、あいつはいなかなのにアンゲロプロスとか見てるから文化資本?の高い家なんだとか言われたことがあったのをいまも思い出して笑ってしまう。シネマルナティックはシネマルナティックを守る会が守っているらしいからたぶん消えないから安心した。いつもお客はひとりかふたりしかいなかった。
なぜかゲームセンターに行って、きちんとバンバンうつようなシューティングゲームを少しやった。つかれた。CD屋さんにも行った。まだつぶれてなかった。本屋に行くとそこはつぶれて壊している途中だったけれどよく見ると近くの、むかしは服屋さんだったのがつぶれて、耐震構造がダメだったから新しい店舗も入らずに、商店街の入り口なのにほとんど廃墟みたいになってた(外観はまだ綺麗だったけれど)建物が、一から建て直して、上の階がホテルになっている建物になっていた。その二階に(二階までしかない)つぶれた本屋がきれいになってはいっていた。東京でよくあるおしゃれ本屋。雑貨とかが売ってたりする。品揃えも哲学とかあれこれ売れなさそうなものをきちんといくつかは置いててすこしよい気持ちになった。おしゃれ本屋の横におしゃれ喫茶。東京となにもかわらない。おばさんたちがエスカレーターでのぼってきて「あれ?二階まで?これだけしかないの?」と言っていた。
いつのまにかおしゃれになっていたから何年か前に驚いていた松山城下を歩いていると、むかし通っていた塾がなくなっていた。いや、一本路地を間違えていて、本当はふつうにもとどうりあった。そのちかくの古本屋もなにもかわらずにあった。この店はビニールシートみたいなもので店先が覆われていて、天井も高く入りづらい。愛媛堂、だなんて、なかなかつけられない名前。中学受験のときに合格祈願でみんなでかけのぼった神社の階段もあった、ぼくは滑ってころんだからみんなで笑った。そのころはもう塾ではいじめはなくなっていた時期だと思う。
入ったことはないけれどいつも外から店内を覗いていたインドカレー屋さんがからあげ屋さんになっていた。配色がけばけばしい。亀の親子が遊んでいる絵のある駄菓子屋さんはかわらずあった、パンダのわたがし機械もかわらずあった。
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いつも学校から自転車で行き来していた裏路地を歩くとおなじ学校の制服を着た女の子が立ちこぎしていた。ぼくはここで何度も写真を撮った、学校にフィルムカメラを持ち込んでいた。
いま、とうとつに、この近所で、むかしトト?が大当たりして5億くらいをもらったサッカー屋さんがすぐに店を辞めたことを思い出した。いや、お店の人があたったというのは変だからお客さんが当たったんだったか。むかしお父さんが働いていた建物が、いまは廃墟に見える。ほとんど廃墟だ、なぜか農業研究所なんて名前がかけられていて、あとから聞いたらそこで働いていたのは一時的なものだったらしい。ぼくはお父さんの職場と言ったらここだ、お父さんお母さんの年齢と言ったら36歳だというのと同じだ。その建物のよこのスペースに、なぜか移動動物園がきたことがあって、いつも砥部にある動物園の小さい青い車に動物がいくらか乗ってやってきた。ぼくは建物のなかでポラロイドカメラでなにかを撮影した。その写真がまだ残っていたころ、それをあとから見て思い出した(中学生ころに)。
そのまま道後に歩いて行った。ずいぶん歩いてびっくりする。人力車のお兄さんが丸い顔でにこにこしている。道後の商店街はずいぶんきれいなかんじになってよい、観光客の人たちがたくさんいる。新しいおしゃれな感じのお店と、むかしからどこにでもあるお土産やさんが、混ざってたっている。道後温泉は行列になっていた。ぐるっとまわって時計台の前にもどった。おみやげをかった。子規記念博物館に行くと休みだったから公園を歩いた。犬の散歩をしている人たちが何人もいた。子どもたちがサッカーをしていた。ゴールを外した練習中の子どもが頭をかかえた。野球をしていた中学生くらいの男の子たちがけっこうばかばか遠くにまで打っていた。展望台に登ろうとしたらすごくうすぐらい山道みたいになって、鳥居まであって、なぜか途中に神社があった。情熱!みたいなTシャツを着た高校生の男の子が石の階段をなんどものぼりおりしていた。いちばんうえまでいくと展望台が誰もいなくてペットボトルのふただけ机のうえに置いてあるそのかんじ、そらがぽっかりぜんぶ見えてしまう。雲が何層にも分かれた速度で行き来していて、一方が一方に食い込もうとしているように見えるけど見えるだけのはず、鳥がものすごく高く飛んで雲のほうまでいくけれどそれも高さはぜんぜん違うだろう。空はこんなにぽっかり広がるか。降りて道沿いの、お堀沿いの(この公園は、むかしはお城で、そのあと動物園だった)ベンチに座り、正面にある夕日を見ると、横向きになったマンションの、階段の部分が均等に穴をあけていて、その穴から夕日が抜けていた。知らない人の音楽をすこし流してきいた。そのまま18時になった。


スーパーでワイン売り場にいぬのうんちのにおいの広告が貼ってあった。f:id:hiroki_yamamoto:20150909185930j:image