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小説という霊の認識は、まるで偶然としてはできすぎた生命のように。――ポール・ド・マン、大江健三郎、生態心理学

 本記事はnoteで投げ銭のかたちを設けつつ、置かれているものです。

小説という霊の認識は、まるで偶然としてはできすぎた生命のように。|hiroki_yamamoto+h|note


A

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 大江健三郎は、五〇年以上に及ぶ作家生活を通して、特異な小説技法を確立した小説家であると言えるだろう。長篇『同時代ゲーム』を書き終え、連作短編に重心を移しはじめた八〇年台以降、現在に至るまで執拗に繰り返されてきたその技法は、大江自身の言葉を用いれば、《自分の作ったフィクションが現実生活に入り込んで実際に生きた過去だと主張しはじめ、それが新しく基盤をなして次のフィクションが作られる複合的な構造》(『私という小説家の作り方』)と、ひとまず表現することができる。

 小説作品の語り手は、大江を取り巻く家族構成や年譜などの情報をあまりになぞりすぎているし、登場人物名の多くも、すぐに世間一般で知られた固有名詞と対応可能になっている。同時にそこには、過去の大江の小説作品で明らかなフィクションとして描かれた人物や土地や神話が、なにげない手つきとともに併置されている。自分の文章はもちろんのこと、他人の文章であっても、一部分改変したうえで引用してしまうことさえある。現実とフィクションの境目が、意図的に消去されるどころか、さらにいっそう撹乱させられるように、小説全体が組み立てられている。

 ……と、このように解説を加えていくのはおそろしく簡単だ。簡単すぎて、小説そのものを読まずとも、Googleで検索したりすれば、すぐにその常套句を口にすることができるくらいだ。大江の作品群における戸惑いは、「擬似私小説的手法」というわかりやすい命名によって極端に焦点を絞られ、ブラックボックス化し、人々はやさしい安心を得る。そのような領域にとどまりつづける限り、大江の小説で体を動かす――より生命的に運動する――ことは不可能だろう。

 注目すべきは、このような構造を持った小説が人間に強いる戸惑いが、決して読み手に限るものではないということだ。大江は、その執筆過程において、自らの記憶と小説に書いたフィクションが混ざりあい、そのつど自己が書き換えられてしまう体験を、たびたび告白している。例えば次のような箇所……

『懐かしい年への手紙』は、同じようにダンテを読み進めつつ生きる暮らしから成立した。この長篇を書いて幼・少年時からの自分の生とそれを囲んでいた森のなかの谷間の地型をよみがえらせるうち、不思議な体験もした。私は『新しい人よ目覚めよ』にあからさまなフィクションを導入していたが、それが『懐かしい年への手紙』に再導入されると、実際の記憶よりも生なましくリアルな存在を主張したのだ。文学的なアルツハイマー症にかかって、自分がこれまで文章に書いたもののうち、そのどれが事実にそくし、どれがそうでないかの見わけがつかなくなったかのようだった。『私という小説家の作り方』
私という小説家の作り方 (新潮文庫)

私という小説家の作り方 (新潮文庫)

 

 

 すなわち、大江の手法は、読み手だけでなく、小説を書いている主体をも含めたあらゆる人間に対して働く、極めて身体的かつ暴力的な機構としてある。

 そしてこれは、同時に思考の問題でもある。二〇〇九年十月に台湾で開かれた大江健三郎に関する国際シンポジウムにおいて、大江は自らの小説技法として五つの項目を分類-列挙した(「後期の仕事(レイトワーク)」の現場から」『群像』2010年1月号)。次のように圧縮-提示してみよう。

 

 1、小説が展開される場所のモデルを、作家の故郷と非常に似ていながら、しかし多くのフィクションを孕むものとして「村=国家=小宇宙」と名づけられている、《四国の森のなかの谷間の村》に設定しつづけること。その関連として、《小説を書くことを、その作家にとっての、人間と世界のモデルを作ることと見な》すこと。

 2、小説のあらゆる語り手としての「私」を根本的に批判しうる書き方として、《語り手を「私」とし、書き手である作家と(少なくとも表層においては)同一視できる人物に》据えること。

 3、2からの要請として、《語り手を死にいたらしめること》ができない、つまり《いつまでも、生きている自分の「私」の限界に縛られつつ語》る他ないなかで、小説を書くこと。

 4、上記3つの方法のもとで小説を書くという営みが、自らに訪れる死を支えるための思考そのものになること。

 5、他言語の詩と、その日本語による訳詩との間に生じる和音あるいは不協和音を、小説のなかに書き込むことによって、小説の表現するもの、そして当の小説の文体そのものをより高いものにすること。

 

 以上の五項目は、それぞれに重要な論点を抱えているが(特に5に関しては、後に詳しく触れるだろう「文体」という概念がすでにあらわれていることに注目しておきたい)、ひとまずは、小説に絶えず書き手の「私」が紐づけられることによって果たされる思考こそを、小説そのものの中枢に据えている大江の姿勢こそを見ておこう。

 大江は小説を、書き手の私から離しすぎないよう努めている。小説内部に書き手の目を、脳を、手足を埋め込むことで、小説が小説にしかありえない破綻と構築を繰り返しながら運動していくその営みを、自らの思考として利用しようとしている。そのような意志の下では、小説を書くという行為が「ものを考える手法の根幹」としてより活発に機能するよう、小説の技法はいびつに発達するだろう。書き手と語り手の混同も、語り手が書き手に似せられたのではなく、あくまで小説に不可避につきまとう特異な思考をよりいっそう増幅させる目的の下で、語り手は書き手と似なければならなかったと考えるべきなのだ。

 このような技法が書き手に強いる思考を、分析者は、どのように小説のテクストから抽出し、記述するべきなのだろうか。そして、そもそもなぜその技法が、書き手の思考を増幅するのだろうか。

 

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ロマン主義のレトリック (叢書・ウニベルシタス)

ロマン主義のレトリック (叢書・ウニベルシタス)

 

  ポール・ド・マンの「摩損としての自叙伝」(『ロマン主義のレトリック』所収)という文章で議論になっているのは、まさしく、テクストに不可避につきまとう、語り手と書き手の錯覚的混同である。

 「摩損としての自叙伝」は、その題名の通り、問題の焦点を自叙伝(自伝)という、文学の一ジャンルに当てている。一般的に自叙伝というものは、虚構と対立し、現実に基づく文章に与えられるジャンルのことだとされている。そこではすべてが実在の人物の体験した「本当にあったこと」として語られているのだと――すくなくともその人物が自分の身に起こったこととして記憶しているそのままが語られているのだと――人々は了解する。了解したからこそ、そのテクストには自叙伝という分類名が与えられる。
 ポール・ド・マンは、このような自叙伝的テクストのなかに、実際の書き手と語り手の間で生じる奇妙な引力を、見出していく。
自叙伝は虚構よりも単純な形で、現実の、潜在的に実証可能な出来事に依存しているように見える。それは、指示性、再現、解釈のより単純な様式に属しているように見える。自叙伝は多くの幻想や夢想を含んでいるかもしれないが、そういった現実からの逸脱も、固有名詞の明白な読解可能性によってその身元を確定された一つの主体に依然として根ざしているのである。
 自叙伝的テクストは、なにかを表現するということや、なにかに解釈を加えるというようなものとは別のかたちで、現実に強く依存している。それが、《固有名詞の明白な読解可能性によってその身元を確定された一つの主体》という言葉で指し示されているところの主体である。ポール・ド・マンは、その例として、『告白』に対するルソーを上げる。つまり、それはテクストに貼りつけられた署名であり、その奥にいるはずの書き手なのだ。
 自叙伝に付された署名は、それの指す実際の人間(書き手)の存在を拠り所として、署名の下に置かれる文章群を統括し、一人の人間の現実として読み手に提供する力を獲得する。そのとき、テクストの外にいる書き手と、テクストのなかに見え隠れする語り手は、読み手の口にする現実という言葉のなかで、あわく合致してしまう。
 このような事態は、自叙伝として出版されている書物に限らず、たとえば日記や手紙はもちろんのこと、ブログやTwitterといったものにも簡単に見出せてしまえるだろう。いくつかの文章とともに、一つの人物名が置かれることによって、そこに書かれた事柄が現実味を帯びること。テクストは現実の人間に拘束されたかたちで読まれる。
 以上のことは、ごく当たり前の話ではあるだろう。だが、ポール・ド・マンは、そこから一種の逆流現象のようなものを考えはじめる。
写真が被写体に、(写実的な)絵がその題材に依存しているように、自叙伝は指示性に依存するものであると、それほど確信できるだろうか。私たちは、行為がその結果を産むように人生が自叙伝を〈産む〉と考えているが、同様の正当性をもって、自叙伝という企図のほうが人生を産み、決定することもあるし、書き手の〈行う〉ことはすべて、実は自己描写のための技術上の要請に支配され、したがって全面的にそのメディウムの資質によって決定づけられているのだと言えないだろうか。また、ここで作用していると考えられている摸写(ミメーシス)というのはなかんずく比喩的表現の一形態であるわけだから、指示対象が比喩を決定しているのか、それとも逆なのか――すなわち指示性という幻想は、比喩の構造と相関関係にあるのではないか。つまり、もはや明白かつ単純な指示対象などというものではなくて、むしろより虚構に近いものであって、とはいえそこである程度の指示的生産性を獲得するというものではないか。
 人生が自叙伝を生むのではなく、自叙伝が人生を産む、その可能性。現実の自己を投影させたものとしての自叙伝を書く営みが、書き手の現実を作り上げていくという、逆転現象。テクストを蝶番として、書き手と語り手は、書き手自身のなかでも混同されてしまう。ポール・ド・マンは、そのような決定不可能性を、なにより比喩の問題と見なす。そしてそれは、決定不可能性のなかにとどまりつづけられるもの「ではない」。人々は、虚構と自叙伝の区別が正確に行われるものではないと知りながら、しかしなにかしらの判断を下さずにはいられない。宙吊りの不快に耐えつづけることはできない。
 ポール・ド・マンはここから、あまりにも急速に議論を核心へと押し広げていく。
とすれば、自叙伝はジャンルや様式ではなく、あらゆるテクストにおいてある程度生じる、読みや理解の比喩なのだということになる。自叙伝が生まれる契機は読みの過程に関わり、そのなかで互いに反射して置き換わることによって明確にし合う二つの主体間の連合という形をとって生じる。その構造は、類似性とともに差異性も含んでいる。というのは、どちらも主体を構成する置換をよりどころとするからである。この鏡像構造は、著者が自らを自分自身の理解の主体であると断言するようなテクストに内在化されているが、しかしこのことは、一つのテクストが誰かに〈よる〉ものであると明言され、そのかぎりにおいて理解可能であると考えられている場合にはかならず起こってくる著者の存在性へのより一般的な主張をたんに明確化しているだけのものである。つまり、読解可能なタイトル・ページを持つ書物はいかなるものもある程度自叙伝的だということになるのである。
 ポール・ド・マンは、自叙伝の発生源を、テクストの外形的な性質から、テクストと主体の関係性としての読む行為にまで引き上げる。テクストが自叙伝的であるために書き手と語り手の混同が生じるのではなく、人がテクストを読む限り、そこには自叙伝的な混同が生じてしまう。自叙伝にとりついた現実と虚構の決定不可能性は、こうして一ジャンル論にとどまらず、主体を介し、あらゆるテクストへと飛散-感染する多重発生的プロセスとして再設定されるのである。
 それでは、主体の読む行為に巣食い、テクストを自叙伝へと変態させる「鏡像構造」とは――それによって生じる《互いに反射して置き換わることによって明確にし合う二つの主体間の連合》としての「鏡像的契機」とは――いったいどのようなものなのか。
鏡像的契機は本質的に歴史のなかに位置づけることのできる状況あるいは出来事といったものではなくて、指示対象のレヴェルにおけるある言語的構造の表われである(…)あらゆる理解の一部である鏡像的契機は、自我についての認識を含む、あらゆる認知の根底にある転義的な構造を表層化する。とすれば、自叙伝の有益性は、それが信頼できる自己認識を示すということではなく――実際に示しはしないのである――転義的な置換によって構成されている全テクスト体系を完結したり統合したりすることの不可能性(それは存在性の獲得の不可能性を意味する)を際だった形で実証するという点にあることになる。
 自叙伝的不可能性を通して見出される「鏡像的契機」は、あらゆる理解の構成要素として、主体の自己認識をも含んだ、あらゆる認知に根ざした「言語の転義的構造」をあらわにする。そのようにポール・ド・マンが述べるとき、テクストは言語表現に限られず、視覚や聴覚、身体的運動といった、あらゆる感覚に対しての主体の認知を、さらに主体が自らへ向けて言語的解釈をほどこすときにあらわれる、関係性の動的プロセスそのものと区別がつかなくなっていく。

 このプロセスは、決して完結しない。《私たちは転義の体系の中に、そこから抜け出すと主張するまさにその瞬間にまた再び入り込むのである。自叙伝研究は、この二重の運動に、すなわち主体の転義性から逃れる必要性と、その必要性を認知の鏡像モデルの内部に再銘記するというそれと同じくらい必然的な運動に捉えられている》。たとえ自らに対してでも、認知のずれを孕んだ関係性はひたすら延期される。自己認識は絶えず二つに分離し、その二つはあまりに似ているために同一化の渦のなかへ落ち込みそうになりながら、その寸前で、両者の間に装填された差異性が両者の落下地点をずらしてしまう。この認知に関わるいびつさこそを、自叙伝的性質の色濃いテクストは顕在化させる(言い換えれば、そのようなテクストを対象とした分析は、すべてのテクストの駆動原理をも効率的に抽出する)。

 それでは分析者は、自身も「言語の転義的構造」に侵され、分析の際にも「鏡像的契機」を手放せないなかで、テクストに対して、具体的にはどのように振る舞いうるというのだろうか。
 
3
 ポール・ド・マンは「摩損としての自叙伝」の後半で、代表的な自叙伝的テクストとしてワーズワスの『墓碑銘考』を分析する。その「読み」の過程から、彼は隠喩と、それが産み出すさまざまな転義のスペクトルを完結させるさらに上層の比喩としての活喩法を、自叙伝の持つ転義性そのものとして見出している。
 活喩法とは、すなわち《その場にいない、または亡くなった、あるいは声のない存在に呼びかけるという虚構》であり、《そういった存在の返答の可能性を仮定し、話す力をそれらに授ける》修辞技法であるという。ワーズワスが自らのテクストにおいて《「〔死者を〕自らの墓石から話すものとして表現すること」は、「憐れみ深い虚構」、「生者と死者の二つの世界を調和的に結びつける……幻の仲介物」である》と語るとき、ポール・ド・マンは、それこそが《まさに自叙伝というテーマの主題論や文体論が達成しようと目指すすべてである》と応答する。
 だが一方で、ワーズワスはすぐさま、先ほどとは矛盾したような発言を行ってしまう。《「後者の様式、すなわち生き残った者たちが〈自身〉で話すという様式のほうが私には概してはるかに望ましいものに思われる》のは、《それがもう一方の様式の土台である虚構を排除する」からである》。
 ここでワーズワスのテクストは、活喩法を自らの主たる構成要素として用いていながら、同時に活喩法の虚構性を否定しているのである。この「活喩法に潜む凶兆」を、ポール・ド・マンは次のように描写する。《死んだ人間に語らせることによってその転義の対称的構造が同様にほのめかす、生者が自分の死のなかに凍りつき、突然言葉を失う、ということ》。
 石や花、死者たちが語るとき、そこにはそれを語らせている(死者たちが語っていると認識している)主体の修辞的介入が見え隠れする。ゆえに主体はそのような活喩法を斥け、主体自身の言葉で語ろうとしてみる。だが、そこには再び「語り」という虚構が生まれ、その虚構には、いったん斥けたはずの活喩法が再び姿をあらわしている。自らの言葉でさえも、次の瞬間の自己は、死者の言葉と見なしてしまわざるをえない。語る瞬間、私は死のなかに凍りつき、時間は巻きもどされ、言葉は奪われる。ひたすらな沈黙。ワーズワスはこの不可避性を自覚していたのだと、ポール・ド・マンは指摘する。ワーズワスによって《きわめて激しく非難されている言語は、実は隠喩の、活喩法の、転義の言語、未知のものを精神や五官にとって理解できるものにする太陽的認知の言語なのである。転義の言語(それは自叙伝の鏡像的言語である)はまさに肉体のようなもので、その肉体はその衣服に似ていて、衣服が肉体を保護する覆いであるのと同じようにその言語は魂の覆いなのである。》
 その上で、ワーズワスは転義の言語を使わざるをえなかった。なぜなら、あらゆる言葉は転義的性質を帯びているからだ。言葉が言葉である限り、この覆いとしての性質は拭い去れない。決して魂そのものは語りえない。ゆえにポール・ド・マンが本論の末尾として語るのは、次のようなものとなる。
私たちは、言語によって声または顔を措定するという活喩法の修辞的機能を理解するとすぐに、私たちが奪われているものは生命ではなくて、損傷を受けた理解の仕方でしか接近できない世界の姿と意味なのだということも理解する。死とは言語的苦境であり、自叙伝による死すべき運命の回復(声と名前の活喩法)は、その回復とまったく同じ度合いで奪い、損なうのである。自叙伝は、自叙伝自体が引き起こす精神の摩損に被される覆いなのである。
 時間は、私である限り決して避けられない死として、今の私から一瞬前の私を奪い、両者をつなぐ血管を断ち切りつづける。私の歴史は、おびただしい切断線によって散り散りになり、私の背後には私とよく似た死体の山が、すこしずつ腐敗をとげていく。私たちに許されたかろうじての対処法は、引きちぎられた血管の束に覆いを被せ、見えないようにすることだ。その覆いの働きをする装置こそが、自叙伝であり、さらにはそれを駆動させる、主体という名の比喩である。私が私であるという比喩、世界が現実という一本のプラスチック製の映像作品にしたてあげられるための比喩。コマとコマの間の切断線は、視覚的誤認によってきれいな一本の持続のように見繕われ、その高速回転の内側で、死と腐敗は私の知らないままに、ゆるやかに私たちへと訪れる。
 だが、私は私たちの死を完全に隠し切ることはできない。腐敗した死体の山を食い、消化し、またたく間に私とはまったく別の(死体ですらない)存在へと変換してしまう腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)が、テクストのなかには潜んでいるからだ。ポール・ド・マンの言う言語的苦境とは、まさに彼らの生態に名づけられたものだろう。語と物の不一致などといった一瞬間の出来事にとどまらず、生きている者のあらゆる認知につきまとい、毎秒ごとに、主体という比喩の持つ持続的直線すらをも解いていってしまう、腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)の生態系。
 彼らはテクストという複数の文章、複数の時間、複数の場所に同時に住まうために、自らも単独ではなく群れであり、群れの全体なのかそれとも一部なのか、不確かなままにこちらへ群れをなしてやってきては、今この瞬間の私と、私たちの死体の山の、両方をないまぜにする主体という映写機を止め、フィルムのつなぎ目を、その指先でやわらかに切断する。切り離された私の死体は、噛み砕かれ、消化され、腐敗という傾向から抜け落ち、人とは別の生態系へと移行する。
 このような腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)の活動は、一語ごとにあらわれるのはもちろんのこと、書き手(読み手)が一瞬で小説全体を書き終える(読み終える)ことができないという、物理的側面によってこそ、最大レベルで活発化するものである。人間は、一文ごとにテクストとは別の回路のなかで変化していかざるをえない。書き手と語り手、読み手と聴き手、人間と小説は絶えずずれつづける。同じテクストをひたすら書き直し、読み直すならば、それはいっそう過激なものとなるはずだ。文章には、何重もの私の現実が覆い被せられ、映写機の高速回転は多重化し、乗算的に速度をはやめていく。
 
 さて、大江健三郎はまさにそのような作家である。彼は、ひたすらに書き直すことを前提に、小説を書いていく。雑誌掲載時のテクストと単行本化されたテクストの差異はもちろん、単行本から文庫への以降にもそれは見られる。さらには五〇数年前の自らの作品や、自作に引用する他者の文章さえも、彼は書き直してしまう。腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)は、抑え込まれるどころか、その活動を限界まで推し進められているように思われる。そしてなにより注目すべきは、大江がそのような自らの方法を、主体の解体のためではなく、作成のために用いていると考えていることだ。《私のように「書き直す」ことで自分を発見し、新しい自分を作ってゆくタイプの作家には、「書き直す」ことは本当に大切です》。これはどういうことだろうか。
 
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 大江は、小説という表現方法そのものの性質について、次のように述べている。
 単純な話のようだが、語り手が死んでしまう物語がどのようにしてひとつの作品として完結するかのジレンマは、新制中学の修学旅行で買ったユーゴーの『死刑囚最後の日』を恐怖とともに読んだ時からのもので――後にカミュの『ギロチン』を切実な思いで読んだのも、そこにつながっていた――、長篇を読みながら、自殺した、あるいは殺されあるいは病死した人物の遺した遺書が記録されている場面に接するたび、私は自分のなかにある子供の時から生き延びたジレンマに面と向かったものなのである。
 私は小説の書かれ方の原理として、メルヴィルが『白鯨』のエピローグに引用した「ヨブ記」の《我ただ一人のがれて汝に告んとて来れり》を、自分の信条とするようになった。いま私は「僕」「私」を語り手とするナラティヴから自分を解き放って、自分の生涯の最後の一冊となる小説を考えるけれど、それでもなおこの「ヨブ記」の一行が、二十世紀小説の最大の原理と考えることに変わりはない。『私という小説家の作り方』

 小説は小説である限り、語り手が存在する。死者は語りえない。語る限り、そこには生者がいる。小説を書く限り、生きた私であることから逃れられない。ワーズワスが自覚していたことを、大江もまた自覚している。

 では、大江が構想するところの《「僕」「私」を語り手とするナラティヴから自分を解き放っ》た小説は、どのようにしてなされうるのか。思い至るべきは、この文章がもともと、一九九六年から一九九七年にかけて刊行された『大江健三郎小説』全十巻の月報として書かれたものだということだ。

 つまり、それから十年以上経った二〇〇九年に行われたのが、先に触れた国際シンポジウムなのである。そこで大江は、「私」を語り手とするナラティヴを捨て去るどころか、むしろ重要視していた。もちろん、一九九九年の『宙返り』や、二〇〇〇年の『取り替え子』からはじまった「おかしな二人組」三部作などでは、語りが三人称に変えられている。だが、それと呼応するように、『取り替え子』以降の作品の中心には、大江を強く意識させる人物「長江古義人」が登場し、さらに続く『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』では「Kenzaburo」と呼ばれる「私」へと語りの位置はもどされることになる。そして二〇〇九年に出版された『水死』では、『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』での「私」を引き継ぐかたちで小説がはじめられながら、その「私」は「長江古義人」と呼ばれるのだ。
 つまり大江は、語り手としての「私」を単純に消去するのではなく、むしろその自叙伝性を一見して強化するような語り方を選びながら、しかしその語り方自体に「私」を内側から食い破る方法としての側面を持たせるよう、なんらかの細工を施しつづけていると言えるだろう。腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)は、拒絶されるどころか、むしろ大江が生き、思考するための小説の一部として用いられる。そのような小説が成立するとき、小説を書くという営みは、書き手の現実認識を映写機の高速回転に巻き込んだまま行われ、書き手の思考はテクスト内部にあふれかえり蠢きまわる腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)によって引き裂かれつづけることを余儀なくされる。あらゆるテクストにつきまとうその摂食と排便の渦は、そもそも読みの比喩として、テクストと接する限り《そこから抜け出すと主張するまさにその瞬間にまた再び入り込》まざるをえないものだった。
 だが、これをひとたび逆転させてみれば、すなわちテクストは、腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)の生態系へと人間を誘い込む罠としての側面を持つということにはならないだろうか。その罠自体を操作する可能性というものを、考えてみることはできないだろうか。自らの語りがどこまでも死者の――それも偽の――語りでしかない事実には、自分の身体を、無数の死者の復活のあふれかえりをとりまとめる場として機能させる可能性が、わずかなりとも含まれているはずだ。そのとき、読むことの不可能性や語ることの不可能性よりも、小説が読めてしまうこと、私が私でありつづけられること、そのような場所へと問いの軸はずらされる。
 腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)の操作可能性。すでに引用したポール・ド・マンの言葉のなかから、テクストが人間を形成してしまう事態を指摘していた箇所を、原文とあわせて、もう一度よく見てよう。
私たちは、行為がその結果を産むように人生が自叙伝を〈産む〉と考えているが、同様の正当性をもって、自叙伝という企図のほうが人生を産み、決定することもあるし、書き手の〈行う〉ことはすべて、実は自己描写のための技術上の要請に支配され、したがって全面的にそのメディウムの資質によって決定づけられているのだと言えないだろうか。
 ここで目を向けるべきは、メディウムという言葉だ。 自叙伝を生むのは、あらゆる認知に伴う鏡像的構造だった。《自叙伝が生まれる契機は読みの過程に関わり、そのなかで互いに反射して置き換わることによって明確にし合う二つの主体間の連合という形をとって生じる。その構造は、類似性とともに差異性も含んでいる。というのは、どちらも主体を構成する置換をよりどころとするからである。》ポール・ド・マンの述べるメディウムは、この鏡像的構造を指していると考えるべきだろう。それも、書き手のそれを、だ。
 言語表現におけるメディウムを、主体の鏡像的構造と見なすこと。たしかにポール・ド・マンはそのような考え方をとっている。《鏡像的契機は本質的に歴史のなかに位置づけることのできる状況あるいは出来事といったものではなくて、指示対象のレヴェルにおけるある言語的構造の表われである》。
 この抽象的なメディウムこそが、腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)の生態系を示しているように、多少の誤読を恐れず憶測を立ててみよう。
 すると、その憶測に対する決定的な応答を、岡崎乾二郎の、実作と批評という彼の二つの側面がよりよく絡みあった次の文章のなかに見出すことができる。
 ようやく最近になって、媒体=メディウムを単なる手段としてではなく、それ自体が自律した系として変化し運動する、独立した回路だと考えるべきであること、メディウムをむしろ人と対等に対向する別の主体と考えるべきだという発想に確信をもつことができ、方法としてメディウムに実装化する可能性を手に入れたところである。たとえば絵を描くときの画材、画布などの支持体を単なる手段(mean)ではなく、それ自体を自律した系として扱うこと。たとえばサッカーで人は媒体としてのボールを相手に行為するが、そのボールは単なる静止した物体としての手段ではなく別の自律した系として(端的に他の選手の誰かによる行為-意志を加えられて)運動している。選手はこうして自らにときに対抗し運動する、別の主体としてのボールに向かいあい、それと協働することで新たな運動を形成するのである。
 絵画における絵の具も支持体もこれと変わらない。というよりもそこで物質的対象、素材として捉えられていたのは他の主体、他の系列と接続するインターフェース(別の言い方をすれば関数における変数)だったということである。それがメディウムであるということだ。
 同じく、ブルネレスキも決して一人で作品を作ったわけではない。だからといって目の前にいる友人たちとだけ協同して仕事をしたわけでもない。彼が組み立てたのは誰であれ何時であれ何処であれ、同じ関係を組成させてしまうようなメディウムとしての構造だったということである。だから、はるか空間も時間も隔てた、見ず知らずの人とも協働が可能であった。彼は系として自律しうる、変換群としてメディウムを組織したのである。われわれがブルネレスキとして知っている人物はそのメディウムの産物である。「文春学藝ライブラリー版あとがきに代えて」

 

 メディウムとは、人と対等なかたちで自律運動する主体であり、物質的素材はインターフェースとして、そのようなメディウム同士を接続するものである。これを言語で構成されたテクストへ引き写したとき、そこでのメディウムは、表記された単語そのものではなく、その背後に創発的にあらわれてしまう主体という比喩、そしてそれを読む人間の行為のあいだにひしめく、腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)としてあらわれるのではないだろうか。
 すなわち、ひとつの小説作品は、テクスト量と相関する膨大な量の主体たちと、それを生起させる人間たちの読みや書き、そしてそれらを糧に行われる腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)の摂食と排便という、膨大な量の主体の変換群に満たされているのであり、そうしたテクスト的メディウムの生態系こそが、自叙伝的現象の根本原理として機能していたのだと、そのように考えてみよう。小説という場で膨大な引用を行い、翻訳を通して声を共鳴させ、演劇や映像や録音機器などといった装置を用いて「死んでいる人間に生き生きと語らしめる」ことを目標の一つにおいてきた大江を、《はるか空間も時間も隔てた、見ず知らずの人とも協働》し、《系として自律しうる、変換群としてメディウムを組織した》ブルネレスキの姿と重ねてしまうこと。岡崎の身振りを模倣し、「われわれが大江として知っている人物はそのメディウムの産物である」と口にしてしまうこと。
 すると、その瞬間、いつのまにかあらわれた「われわれ」は、大江の用いる無数の概念群のなかのひとつを、岡崎のように自らの創作を通して技法に実装化したメディウムの定義に類するものとして発見する。「文体」だ。
 文学のテクストのみならず、あらゆるテクストに「文体」というものがあります。そしてそれは、当のテクストを書いている人が、[どういう時に、どういう気持ちで、どういう読み手に向けて]書いているか、を示します。そしてその上で、書かれている内容よりももっとはっきりと、[どういう人間]が書いているか、を表現してしまうものなんです。(…)私は、自分の「文体」によってしか、本当に大切に思うことを表現できないし、そのように自分を表現する「文体」を作り出すことにだけ、人生の大半を使ってきた小説家なんです。「教育基本法憲法の「文体」」

 

「文体」という概念は、テクストを書いている主体と、その主体を取り囲む環境を、書かれている内容以上に明確に示す、テクストそのものの性質として用いられている。書き手は、テクストを通してなんらかを表現するとき、その表現行為と「文体」を切り離すことはできない。
 そしてこの「文体」は、引用や翻訳、書き直しという、大江の小説における主要な操作と密接に連関する。
小説の言葉、文章、そして作品全体にいたる様ざまなレヴェルでの文体というべきものを多様にするために引用を積極的にする   『私という小説家の作り方』
外国語の本を読むことと日本語の小説を書くことが(すっかり違った行為のように見えるけれども)本質的に響き合う。ある小説の根本的なトーン、音楽でいえば調性のようなものとして浮かび上がってくる場合すらある。それを私は「文体」と呼んでいる。小説のスタイルということはそういうものであって、それが小さな一つの「grief」という言葉から文章へ、そして作品全体へと展開する。さらに一人の小説家の人間に対する見方、考え方、小説家としてのみならず、人間としてのあり方にすらつながってゆく。それが「文体」というもので、結局それを読み取るために、私らは小説を読む。自分の小説でそれを書いてみようともするのではないか。
読む人間 (集英社文庫)

読む人間 (集英社文庫)

 

 

私は小説を書いたりエッセイを書いたりする際のエラボレーションに自分の努力のもっとも大きい量をそそぐように、講演においても、いったん話した記録について、エラボレーションを重ねて定稿にします。そうすることで私は何をもとめているのか? それは「文体」をみがき出すことにほかなりません。
 私は自分がエラボレーションを重ねた定稿によって、実際に講演者としてのパフォーマンスでは表現することができなかった――そして不満、後悔にさいなまれることも多い――自分の[文体]をあらためて作り出そうとしているのです。つまりその定稿を読んでくださる人たちに、この講演は、[どういう時に、どういう気持で、どういう聴き手に向けて]話しかけているのか、そしてなにより[どういう人間]が話しているのかを、表現したいと願っているのです。    「講演集を文庫版にするに当っての、しめくくり」『話して考える(シンク・トーク)」と「書いて考える(シンク・ライト)』
 重要なのは、「文体」の定義が以下の二つに分裂しているということである。すなわち、一方では「文体」が、《小説の言葉、文章、そして作品全体にいたる様ざまなレヴェル》にあらわれうるものであり、他言語との接触や、外部のテクストからの引用によって、それぞれの階層ごとに多様化されることが目指されている。しかしもう一方では、「文体」が、テクストの背後にあらわれる主体と、その主体を取り囲む環境を、書き手のそれとは別に、読み手に疑似的に錯覚させるものとして考えられている。言葉や文章ごとに「文体」は見出され、その複数性が評価されながら、それと共存するかたちで、テクストに含まれている無数の言葉たちが、ひとつの主体像へと回収される。そのような両義的な概念として「文体」は存在する。
 これを、先ほどまでの議論と接続し、展開してみよう。すなわち、大江がテクストを操作するとき、その操作対象とされているのは、「文体」と呼ばれる、テクストの背後におびただしくあらわれる主体たちが作り上げるメディウムの生態系である。彼らは単語ごとに発生し、固有名詞をはじめとする一定の求心力をもった言葉たちや、基本的な文法などを種としながら、読みを通して並列分散処理的な(非構文論的な)集約の動きに促され、流動的なかたちを魚の群れのように作り出していく。その群れは人物だけでなく歴史や場所、物語、さらには世界の因果律にまで成長し、最終的にはテクストそのものを操作しているらしき書き手の比喩としてまとまるに至る。この像は読み手だけでなく書き手のなかでも、書き手の自己-現実認識へと重なっていく。重要なのは、以上の過程が、テクスト全体で生じるのはもちろん、細部においても生じるため、書き手の比喩にまで上昇した「文体」は、次の文章が読まれた瞬間、下位の主体群のひとつへと格下げされ、再び新たな書き手の比喩が作られるためのノードとして利用されるということだ。この格下げによって、読み手の現実認識は書き手の比喩的表象ともどもテクスト内の主体の一部へと巻き込まれる。こうして「文体」は、絶えず上昇と下降を繰り返す循環的生態系として、テクスト外にまで及ぶような身振りとともに駆動することになる。
 主体を構築しようとする比喩的結合能力と、主体概念の統一性を機械的に破壊しようとする腐肉食動物たち(スカベンジャーズ)の活動は、人間という、テクストとは異なった論理形式たる身体を持っているらしき仮想的場において、はじめて協働することが可能となる。そこで重要となるのは、身体に見出すのと同様の回路を通して、テクストに魂を見出さずにはいられない、そのような能力の存在である。この能力に目を向けたとき、小説的心身問題が姿をあらわす。むしろ、そこに触れるならば心身問題があられずにはいられないような強制的装置こそが、言語なのである。そして、「文体」=メディウムの生態系は、ここで魂と言い換えられるだろう。テクストに発生した無数の魂は、読みという長期的な運動を通して、テクスト外からの刺激を取り込み、さらに巨大かつ複雑な魂へと成長させられていく。
 ここに、『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』における「映画の小説」という概念を加えれば、魂の居場所はより明確となるだろう。この小説において、Kenzabroと呼ばれる語り手の私は、プロデューサーとして国際的に活躍する友人の木守有とともに、女優のサクラ・オギ・マガーシャックに協力し、一本の映画を完成させようとする。しかし、制作は難航する。癌に倒れた木守は、映画の完成の代わりとして、私にマルカム・ラウリーの手法で小説を完成させてほしいと依頼する。マルカム・ラウリーは、フィッツジェラルドの小説を、小説家としてシナリオ化した。そのテクストが、“The Cinema of Malcolm Lowry”として本になっている。だが、
 彼はシナリオを書いていない! フィッツジェラルドの小説を完璧に映画にしたものがあるとして、それをマージュリーと見てる自分。[この]視点を設定して、その視点で映画を見てゆく、そしてそのまま三人称現在形の小説を書いてるんだ。一般のシナリオに対比してみれば傷だらけだ。無闇に長いト書、カメラへの指示のつもりの詳細な情景描写……つまりラウリー・シネマというほかない、かれの映画の小説を書いてるんだ! Kenzabro、きみはもうすでに、いったんシナリオを書いた。それが映画になればどういうものであるか、きみ自身には見えてただろう。それを思い出して書いてもらいたい。小説の玄人として、映画の小説を書いてもらいたい。それをテクストに、サクラさんが自由に映画を撮影する。彼女こそ映画の玄人だ。それはできる。
 そしてね、Kenzabro、この映画の作り方には、いままでおれも思いつかなかった……そして考えてみれば、おれには切実な……利点がある。ブッチャケタ話、おれが前立腺の癌の再発にあって、この映画までが流産するということになってもね……それはありうることだ。きみだって自分だけは生き延びて、完成した映画を見うるという健康への自信はあるか?
 サクラさんは永生きするはずだが、おれやきみ二人の協力者が欠けて実際のプランは流れてしまっても、きみの書き上げておく小説としてのシナリオを読むことで、まさにわれらの映画を見ることができる。しかもKenzabroの小説をつうじて、将来かなりの人数が、サクラさんのその映画を見るのと同じ体験をするだろう。
美しいアナベル・リイ(新潮文庫)

美しいアナベル・リイ(新潮文庫)

 

 

 小説における「文体」としてのメディウムは、このように映画の小説を介して露わとなる。映画そのものを描くために、映画を書くのではなく映画を見ている私を書くことによって、テクストを読んだ人間が《映画を見るのと同じ体験をする》。それも《自分だけは生き延びて、完成した映画を見うる》という可能性の否定を前提に、その「映画の小説」は書かれる。
 大江は、小説の原理として、《我ただ一人のがれて汝に告げんとて来れり》をあげていた。多くの人々が死んでいくなかで、しかし自分だけが生き残り得たからこそ、小説が書かれる。それを、小説であることを維持しながら斥け、《「私」「僕」を語り手とするナラティブから自分を解き放》つためにとられるのが「映画の小説」という方法なのだ。その地点において、小説と映画の差異――言語と映像の差異――は消失する。言語や映像の物質性に、制作の方法が先行する、などという話ではない。もちろん言語や映像によって、制作過程は左右されるだろう。重要なのは、岡崎が述べるとおり、《それぞれの制作過程が則している論理は言語に位置づけられないばかりか、いかなる特定の媒体にも位置づけられないはずだということなのである。》私の体験すらも、時間と場所に隔てられた無数の私たちへと引き裂かれているのに、なぜ「映画の小説」に触れた他者が、一様に《サクラさんのその映画を見るのと同じ体験をする》のか。その可能性を、信じられるのか。《現実的なのは現在ここに確認される物理的存在でも生命でもない、それらの崩壊を超えてなお持続する長大なタイムスパンのプロセスであり、その過程を規定しているところの構造である。
 対象がいかに変化し代替されても維持される変換群。明け透けにいって、これはメディアの問題である。》そこにこそ、魂の操作可能性、さらには魂の制作可能性が、存在している。言語的メディウムは、言語そのものを制作の過程へと解体したところにこそあらわれる。
 小説を分析するということは、分析者の、テクストを通した発達なくしてはありえない。分析によってたどりつくべきは、小説の制作に内在する思考であり、作品の認識とは、その思考を別のテクストへと置換してしまえるような構造を作品から抽出し、その構造をもとに、実際に新たなテクストを比喩的に作り上げる一連の過程がなされたとき、はじめて成立する。なぜか? 作品の操作単位としての言語的メディウムが、言語そのものを制作の過程へと解体したところにこそ見出されるということは、メディウムに焦点を当てた分析が、メディウムの制作の復元もまた意味するものでなければならないことを示している。そしてそのメディウムは、生態系として、書き手という比喩へと上昇させられる宿命を背負っていた。すなわち小説の分析は、与えられたテクストから、書き手というメディウムの生態系を、分析者の身体に宿すための降霊術となるはずである。降霊術の実行は、降霊という現象自体の、世界における成立条件を整えることと同義であり、術師と環境は、決して切り離せないままに発達を遂げていくものとしてしかありえない。世界を、降霊という現象が発生可能であるような場へと発達させる手つづきが、他でもない分析者の身体の発達とともに実行される。そのような発達こそが、小説であり、小説の思考と名づけられるべきものだろう。小説という霊の認識は、私が《自分の死のなかに凍りつき》ながら、しかし口が勝手に動いて語り出してしまう瞬間としてこの宇宙に反復的に訪れる。まるで偶然としてはできすぎた生命のように。
 
 
B
1
 発達的主体を、より具体的に考えておくために、生態心理学、ないしはそこから発展した生態学的アプローチを参照しておくことは、無駄ではないだろう。
 
 生態心理学は、人間を含む動物一般を環境のなかで知覚し行為する存在として捉えるという、特異な心理学の方法として、アメリカの知覚心理学者であるジェームズ・ギブソンによって創始された。
 ギブソンの死後、彼の理論に魅せられた多くの人々によって、さまざまな角度から検討が進められた結果、生態心理学は今や、ダーウィン進化論からプラグマティズムへとつづく一連の系譜のなかに位置づけられるひとつの世界観(生態学的アプローチ)として、身体的作動や音声学はもちろん、建築や倫理、哲学や芸術などへの分析に、盛んに応用されるものとなっている。
 生態心理学における多岐にわたる議論を網羅的に紹介するのは本稿の手に余るが、それらに一貫する主題を、いささか強引に要約するとすれば、それは「動物と環境の切り結びの様態を最重要視することによって、環境の意味を、動物の行為群から記述する方法の検討」だと言えるだろう。
 ギブソンにとって、従来の心理学は、あまりに動物に偏り過ぎたものだった。そこでは、環境から動物に与えられた刺激は、動物の網膜や聴覚などを通して、脳内で表象へと変換されてはじめて価値を持つと考えられていたため、どうしても議論の焦点は、動物における内的知覚に絞られてしまっていた。彼はそのような間接知覚(indirect perception)が中心となった心理学のあり方を根本から変えるために、直接知覚(direct perception)を中心とする生態心理学を提唱した。
 ギブソンによれば、環境内には、動物が自らの行為を通して環境内を知覚的に探索することで初めて獲得できる資源が存在するという。「エコロジカルな情報」と呼ばれるその資源は、動物にとっての新たな行為の可能性や、行動の制御に関わる意味・価値(アフォーダンスと呼ばれる)を特定するものとして、動物の単独の行為よりも長いスパンで環境内に持続している(ようなものとしてわれわれ動物には知覚される)。
 生態心理学における情報という概念は、クロード・シャノン的な情報理論におけるそれとは異なり、最小単位としてのビットへ還元されるような、対象からの単独の刺激を指すものとしてではなく、対象からの刺激がその対象をあらわすように総合されるときの総合の仕方、つまり刺激間の構造を指して用いられる。ゆえに、動物は自らの内でばらばらな情報を総合し、そこに意味を与える必要はなく、すでに環境の側に情報として存在している刺激間の構造を抽出するだけでよい。この刺激間構造を、ギブソンは不変項と名づけた。ギブソン自身による定義を引用しよう。
遊離対象の知覚は、その物体のそれぞれ別個な、一連の形から合成されたものではなくて、時間の経過の中でそうした形の集合がもつ不変な特徴によって決まるということが正しければ、その独自の集合の要素である一つの拘束された形は、不変な特徴のうちの少なくともいくつかを有していることになる。物の知覚が、形の知覚によってではなく、不変項の検出によって決まるのであれば、形の知覚そのものもなんらかの不変項の検出を含むにちがいない。
 これは次のようなことだ。幼児がペットのネコがじゃれているのを見ているとき、ネコの前から見た図、横からの図、後ろからの図、上からの図等々が見られているのではなくて、知覚されているのは「不変項としてのネコ」(invariant cat)なのである。(…)このことは、ある一部の哲学者達が信じさせようとしているような、幼児は抽象化したネコを見ているとか、概念化したネコを見ているとか、ネコという類に共通な特徴を見ているとかいうことではないのである。幼児が得ているのは、表面について、独特な、柔らかい毛で覆われた、動きをもった配置が存続していることについての情報なのである。
生態学的視覚論―ヒトの知覚世界を探る

生態学的視覚論―ヒトの知覚世界を探る

 

 

 散り散りになった猫にかんする情報を知覚者が猫として取りまとめるのではなく、猫には猫特有の肌理の配置やその変化パターンが存在し、それこそを知覚するために、猫を猫として見なすことができる。この不変項を主軸においた情報抽出理論を、ギブソンは直接知覚と呼び、この仕組みによって、脳内で作られる表象を必要とせずに、動物の知覚や行動を考えようとした。もちろん、このことによって動物は単なる受動的機械と見なされるのではない。動物は、自ら情報を用いて行為を調整し、環境を探索することによって、環境に存在する情報を見つけ出していくのである。たとえば先ほどのねこの場合、ねこの情報は一瞬間に切り取られたものとしてではなく、持続的に多方向から知覚されたものでなければならない。さまざまな角度から、時間をかけて見つめなければ、対象が生きたねこなのか、それともねこの絵なのか、判断がつけられない。情報が構造としてあるとは、すなわち平面的な構造体としてではなく、時空間的に立体であらなければならないのだ。ゆえに知覚は、知覚者自身の探索行為と切り離せない。環境内の不変項を抽出するには、自ら移動したり、指で触ったりするなどして環境に働きかけ、それでも変わらないものを能動的に浮き彫りにしなければならないのである。このように考えたとき、環境に対する探索行為に絶えずつきまとう関数のようなかたちで、動物自身も、ひとつの環境情報として知覚されるはずだろう、そのため、情報は、次の二つの側面を持つ。すなわち、「外部特定的な情報」と、「自己特定的な情報」である。
 さて、ここまで直接知覚理論についての簡単な要約を試みているのだが、生態心理学は、すでに述べたようにあまりに概念が複雑に入り組んでいるため、それぞれを直線的に語ろうとすると、どうしても欠陥が目立ってきてしまう。たとえば、物質を特定するための情報が、どのようにして別の知覚者へと伝達されるのだろうか。視覚情報が眼球によって知覚されるまでのあいだには、どのような事態が起こっているというのだろうか。実はこの問題が、生態心理学におけるメディウムの捉え方と密接に関わっているのである。
 ギブソンは、動物を取り囲む(そして動物自身を含む)環境を、物質・メディウム・それらの境界としての表面、という三つの概念から構成されるものと考えた。物質は、自らに特有の表面を持ち、その表面に光などが反射することによって、物質を特定する表面の情報が光へと伝達される。これを、別の物質に装着された眼球などで捉えることにより、情報は別の主体によって知覚される。そのとき重要となるのが、情報を含む光を伝達するものとしての、空気や水だ。これらが、知覚者にとってのメディウムとなる。
 このメディウムは、しかし光を伝達するからといって、配線ケーブルなどもメディウムに含まれるわけではない。ここで、生態心理学におけるメディウムのもう一つの定義が顕在化する。メディウムは、動物にとって、自らがその内側を自由に移動できるものでなければならない。なぜなら、直接知覚は、知覚者の探索行為を伴う必要があるからだ。
 犬にとって空気が、魚にとって水が、メディウムとして定義される。注目すべきは、メディウムが、それぞれの主体にとってのメディウムであることだ。犬にとって水は、メディウムではないのである。ここには、メディウムを主体と入れ子状になったものとして考える立場がにじみ出ていると言えるだろう。
 
 ギブソンにとってのメディウムは、移動と、情報伝達の、両方を兼ね備えたものとして定義される。「外部特定的な情報」と「自己特定的な情報」をともに伝えるための空気としてのメディウム。テクストは光にあふれているが、それに対してテクスト外の主体が投げかける読みという行為が、言語の反射する情報を探索する。このとき、言語にはすでに「それを発した主体」として創発する主体にとっての「外部特定的な情報」と「自己特定的な情報」が含まれているが、さらにその言語をテクスト外の主体が探索するために、情報は二重化される。「自己特定的な情報」が、言語から創発される主体の持つ「外部特定的な情報」と「自己特定的な情報」を取り囲むという、入れ子構造があらわれる。この入れ子的主体こそを、小説におけるメディウムとして扱うべきだ。
 
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 生態心理学を代表する論者であるエドワード・S・リードによる定義を、いささか重複するところもあるが、つづけて二箇所、引用してみよう。
言語とは、観念あるいは表象の伝達手段ではない。それは情報を他者に利用可能にするための手段であり、それによって自身およびその集団の活動調整に寄与するものである。そのため、言語が何かを指し示すとき、(言語はつねに指示的ではない)、それが指し示しているのは内的表象ではなく、環境の状況や状態である。(…)言語がこれほど強力な調整者である理由の一つは、人々に現在の環境状況だけでなく、過去や未来の環境状況を意識させるためにも利用できるからだ――これは変容され、集団化された一種の予期的制御である。(…)ヒトは自己の目的に合わせて、また直接的環境に依存しない新しい情報形式をつくるために、エコロジカルな情報を選択、改変、変形することができる。このため言語はしばしば、可能的、仮設的、虚構的な状態さえ他者に意識させるために使われる。
言語はそれによって人々の集団が自分たちの行為と相互行為とを調整する過程の一部として生態学的に理解することが可能だ。エコロジカルな情報は個体の調整に役立つ。高等動物の多くは他者に提示するために情報を選択・産出する能力を進化させてきた。言語とは、その進化がさらに進み、動物が産出するこの情報が個体の集団の活動と意識の調整に役立つようになったものである。言語は主観的観念にではなく、エコロジカルな情報に由来するのだ。
アフォーダンスの心理学―生態心理学への道

アフォーダンスの心理学―生態心理学への道

 

 

 このように見ていったとき、小説は小説内で完結せず――それは当たり前のことだったのかもしれないが――小説外に存在する生物や地形、すなわち地球の生態系に対しての、人間による行為調整・試行錯誤の一環として定義する可能性が浮かび上がる。もはやメタフィクションなどというような安易な区分は許されないし、語り手や聴き手、書き手や読み手などとった無時間的秩序もまた取り払われなければならない。あるのは、テクストの外部に生きる物理的な肉体たちが、地球の環境や他の人間たちに取り囲まれながら、テクストを通して無数の主体を錯覚的に認知し、それらが保持する仮想的な環境の情報を現実のものとして受け取ることで、テクスト外での肉体の行為制御や環境探索を発達させていく、そのような生態学的活動だけであり、それは生物が小説と触れる前には存在しえない、この地球の環境の価値のひとつである。
 小説では、単独の主体の言語が、テクスト上で攪拌されることによって、群れとして顕在化する。その群れを構成する個体たちが、それぞれにエコロジカルな情報を持った主体としてテクストの背後に自律したかたちであらわれる。しかし同時に、それらはテクスト外の主体が行う読みという探索行為によってのみ顕在化させられるために、自叙伝における鏡像的契機がテクスト外の主体の認知構造から読みという行為を通じて洩れ出し、ゆえにテクストの背後の主体たちは根源的に自律を奪われ、読みを行う人間の肉体においてかろうじて群れとしてのまとまりを失うことなくうごめきつづける。
 こちらがテクストにおいて能動的に書き上げ読み取ったはずの主体たちが、こちらに向けて受動的な思考を強いる。生物として地球に存在する一個体は、こうして小説とともに自己と環境を多重化しながら、知覚や行為すらも多重化させ、物理的な地球へと働きかけていく。思考は、そのような多重化した知覚・行為に由来する。
第一に、個体としてのヒトは情報を選択・提示する能力を進化させてきた。その提示は他者にたいしてだけでなく、自分自身にたいしてもなされる。第二に、そうした情報操作の技能は具体的な文化的状況のなかで創発する傾向がある。すなわち具体的な場所で、具体的な事象と道具立てのなかで、具体的な探索的活動とリズムと相互行為のパターンにしたがって創発する傾向がある。だから〈思考〉とは、観念の獲得のことではなく、自己の意識の――とりわけ自己の予期的意識の――熟練した技能を要する調整と制御のための道の発達のことである。『アフォーダンスの心理学』
 小説と接する生き物は、具体的な読み・書きを通して、自己を、単独でありながら複数でもある状態へと発達させることで、物理的な生命活動こそを活発化させるものでなければならない。ゆえに、小説には絶えず書き手の肉体を導入する動きと、それを解体する動きが同時に内在する。そしてそれは、小説を書くという行為を通してはたされる、複数の私と複数の現実を生きる生命体への進化をも意味するだろう。はたしてその進化はどこへ向かうべきものなのか?
 
3
 ジェームズ・ギブソンは、異所同時性という奇妙な概念を提示している。
探索的移動によって景色が整然となると、家、町、あるいは生息環境全体の不変的構造がとらえられるであろう。隠れたものと現われているものとが一つの環境となる。そのとき、散在したものの下に地平線まで続く地面を知覚でき、同時にその散在物も知覚できる。個体は環境に定位する。それは、地形の鳥瞰図をもつというよりも、むしろあらゆる場所に同時にいるということである。鳥瞰図を得ることは定位するようになるのに役立ち、したがって探索者はできるだけ高い場所から身下ろそうとする。伝書バトは人間より定位がよい。しかし、壁の背後や木の向こうや丘の彼方にある目標に対する定位とは、見下ろすことではないし、地図をもつことでもむろんないし、ましてや紙の上ではなくて心の中に存在すると想定される「認知的」地図でもない。地図はハイカーが道に迷ったときに役に立つ発明品であるが、発明品とその発明品が促す心理的状態とを混同するのは誤りである。『生態学的視覚論』
 あらゆる場所に同時にいること。ここにいるだけでなくあそこにもいるからこそ世界が知覚できる。ここから見えない場所にあるものも私は知覚できる。その不可思議な事態を説明するために、ギブソンは不変項という概念を提示したのだ。形に依存しない環境内の関数としての不変項が抽出されることによって、生物は、世界を今ここにある側面だけではないまとまりとして知覚することが可能となり、それと相関して「あらゆる場所に同時にいる」状態が導かれる。そのような事態がいとも簡単に成し遂げられている現実から、想定せざるをえない世界の真実としての不変項。ギブソンはこの不変項が、例えば視覚的には、画像へと保存されると考えた。
すべての画像は、その創作者が注目し注目するに値するとみなしたものを保存している。画家が想像したものや空想したものを描いている場合であっても、知覚することを学習する過程の中で注目された不変項を用いてそれを行っているのである。
 ここへ、大江の「文体」概念を接木することは容易だろう。先に引用したエドワード・S・リードによる言語の生態学的定義も、このような場所から理解できる。
 
4
 小説における不変項。すると、大江のもうひとつの概念、すなわち小説における「地形学的構造」と呼ばれるもののなかにまで、不変項と類似した考え方が見出せてしまう。このブログでは何度も引用している文章だけれど、もう一度、引用しよう。
この短篇(『飼育』)が、私の文学生活において決定的な意味を持つのは、まず太平洋戦争時の、超国家主義の日本社会における少年の体験という、私の主題系(テマティック)のひとつに属するものだ、ということがあります。しかし、それよりもなお根本的に、この短篇の描いている想像宇宙の、「構造」と「場所」によってなのです。
 この場所の地形学的(トポグラフィック)な特徴こそが、実際に私の生まれ育った森のなかの谷間の集落に[似ている]ということは確かです。しかし、より重要なのは、この短篇を書いてから、私にとって故郷の風景はうしろにしりぞいて、小説のなかの地形学が前面に出てきた、ということなのです。
 四国の山間にある現実の私の村は、むしろこの短篇を書いたことで、「無化」されたのです。そして私にとっては、この小説に描かれている想像宇宙こそが、生なましいリアリティーと、神話的かつ民話的な構造において、そのあと居座ることになったのです。
母親が生の最後まで彼女の世話をした妹を介して私に伝えた、最終的な和解の言葉があります。私がこれまでに書いた土地の神話=民話宇宙についての物語は、すべてあらゆる細部についてまで真実であったし、この土地から「外部」に墜ちて行った私がそこでなしとげた最良のことは、この土地の神話=民話宇宙のすべての根本にあるものを、障害を持つ子供をつうじて音楽に表現したことだ。そしてその音楽は、この土地の地形学的構造のなかで、過去においても未来にわたっても、つねに鳴り響いてきたものであり、鳴り響くはずのものだ、と母はいったということでした。
 いま、私もその音楽を心の耳に聞いていると思います。
「小説の神話宇宙に私を探す試み」
大江健三郎・再発見

大江健三郎・再発見

 

 

 時空間を超えて鳴り響くと信じられる音楽。人間は、単なる言語の集まりでしかない小説のテクストから、生命や場所や現実を読み取らずにはいられない。そのような条件と接さずにはいられない。人間はもちろん、歴史や植物や音や気温、神話や死者たちをも含んだ、全的な生態系としての地形学的構造。岡崎のメディウムに関する問題意識をもう一度思い出しておこう。《現実的なのは現在ここに確認される物理的存在でも生命でもない、それらの崩壊を超えてなお持続する長大なタイムスパンのプロセスであり、その過程を規定しているところの構造である。》小説はそのような領域で、真実と関わる。