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1992

 引っ越してみて最初に気づいたのは、あの町に生まれた子どもがみんな、毎日あきることなく屋根の上を見つめていたということだった。

 そのなかのひとりが、ある日、何かに気づいた様子で、家のなかへと入っていった。

 子どものしゃべる声が、家のざらざらした白い壁越しに、ふたつ、届いてくる。
「ママ、ジャンパーがお腹いたいって言ってるよ」
「いいのよ、寝かせておけば。」
 玄関の扉を、重そうに開けて出てきたひとりの子どもが、屋根の上をふたたび見つめはじめる。

 犬といるかを掛け合わせたようなつるつるとしたその生き物が、屋根の上に、ぴくりともせずに横たわっていた。誰もがそれを、屋根の緋色のなかに、うまく見つけられなかった。港町の昼の屋根の上には、光が、人の目にはまぶしすぎるくらいに溜まっていた。
 あたり一帯の屋根という屋根が、140年も前から緋色に塗られている。ジャンパーは、そのなかのたったひとつの屋根を選び、3年間、自分の寝床として使うことにする。そのひとつが今は、ぼくの家の屋根なんだよ。

 そのときすでに、そこに住みつきはじめて2年目になっていたはずだ。ジャンパーは、いつまでもうれしそうな目で子どもを見つめてくれていた。子どもの視線は、屋根のずっと上の位置に塗り込まれた、空と雲の昼間へと向けられていた。


「ねえ、もっと上を撮って」
 そう言うと、子どもは振り返らないまま、左手の指先を空のなかへと伸ばしはじめた。
 画面の中央が、左手を空に連れ去られていくような動きをしている子どもから、屋根の上の方へとずらされた。屋根の角度が緩やかだから、屋根の上なんて映らない。ビデオカメラが、すり足で少しずつうしろへ下がっていく。屋根の端から太陽があらわれて、映像全体が、真っ白な手のひらで色をいっせいに叩き押されるような覆われ方をする。
「なにも映らない」
「屋根の角度がゆるすぎる」
「ジャンパーは背が高いよ」
「夜になれば、映るよ。」

 老いてしまったぼくは、音声のないその映像を撮った人が、子どものころのぼくにとってどんな人だったのか、今でも知らない。本当にビデオだったのかどうかすら、ほとんど思い出せないだろう。
 ずっとそのままなのだ。