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東京国際文芸フェス、大江健三郎、アレクサンダル・ヘモン

東京国際文芸フェスでなんども作家と小説のそれぞれに含まれた事実のあいだにある関係について話される。なんども。

「母親が生の最後まで彼女の世話をした妹を介して私に伝えた、最終的な和解の言葉があります。私がこれまでに書いた土地の神話=民話宇宙についての物語は、すべてあらゆる細部についてまで真実であったし、この土地から「外部」に墜ちて行った私がそこでなしとげた最良のことは、この土地の神話=民話宇宙のすべての根本にあるものを、障害を持つ子供をつうじて音楽に表現したことだ。そしてその音楽は、この土地の地形学的構造のなかで、過去においても未来にわたっても、つねに鳴り響いてきたものであり、鳴り響くはずのものだ、と母はいったということでした。
 いま、私もその音楽を心の耳に聞いていると思います。」大江健三郎「小説の神話宇宙に私を探す試み」

大江健三郎・再発見

大江健三郎・再発見

このとき、その音楽がその音楽であるということが、どんなものとして、土地や生命のなかにありうるんだろう。と、思う。 現実と非現実が小説を通して区別がつかなくなる、というとき、いつも頭にあるのがTwitterのことだった。嘘も本当もない、自分の言葉であるかどうかすら曖昧な文章が、ひとつの名前のもとで構成されていく。それをひとつのまとまりを持って認識できることは、言葉や視覚の同定にも関係すると思う。
つまり、どうしてこの文章の集まりからひとつの中心のようなものが見えるのか、ある人間を同じ人間として見られるのか。少し言い方を変えれば、どうして今の自分と過去や未来の自分が同じであると言えるのか。その、あいまいな中枢が維持されているのはどうしてか。
維持、つまりどうして次の瞬間に死んだ人と会えたりしないのか。何千キロの距離が不意に縮まったりしないのか。過去にもどれないのか。別の人間にならないのか。なっているのにわからないのならそれはどうしてか。世界が維持される目的はなにか。維持されていると錯覚することを強いる生命とはなにか。
と、なれば?大江健三郎はなにより偉い人として自分を書くし、書ける。世界や歴史に直に接する私を、思い出として語れてしまう。世界や歴史を左右する人との関係を描かなくても深くまでもぐれることは大江自身が示すことだけれど、外部情報が私を侵していくプロセスの導入の容易さが、少し違う。
むしろ、世界においてあらゆるものとの関係を「直に接している」と仮構することが、小説を書くことだったのかもしれない。つまり、自分の故郷の森を世界につなげ、自分自身が小説家として世界につながり……ということのために、小説を書く過程で、自分のまわりの環境にある無数の不変項を発見する。
「観察点の移動や照明などの変化と相補的に現れる、配列の構造の不変な側面を不変項と呼び、それは環境内の表面のレイアウトの持続する側面に対応している。不変項は光学的配列におけるものとは限らず、知覚者に依存せず環境の構造と対応するエネルギー配列の構造一般を指す。」『知の生態学的転回1』
 猫の顔の画像の視覚情報を感知することで猫を判別するのではなく、猫の顔にある不変項を発見することで猫を特定する。同定が、無数の環境内の要素に還元される。逆に言えば、要素の類似によってまったくべつのものが同定されうる。
この同定能力……世界を私がそのつど正しく認識しているのではないということ、おかしな同定に満たされたなかで生きているということが、世界の維持を生むのと同時に、複数の時空間-宇宙を奇妙に縫合し、「次の瞬間の宇宙を私が思い出す」という事態につなげる。
大江が言うところの、森の音楽は、そのようにして、はてしない過去から響き続ける音楽として、今、奏でられる。その音楽は無数の世界との接着剤として機能しながら、音楽そのものが私の「不変項を発見する能力」に働きかけ、さらに接着を連続させる。
つまり、そのような、くみつくせないほどの要素があふれかえっているものとして世界を捉え、そこにいる私がそっと小さくつなげることで、かろうじて宇宙が生命として持続している。そうでなければあまりの要素の多さに暴発してしまう宇宙を、なんとか押しとどめるための老化。
大江健三郎が、自分の友人に世界的な映画プロデューサーや建築家をおいたりすることや、自分がノーベル賞作家としてデモに参加すること、義兄が自殺することなどを、あくまで作者のような語り手を配置する技法と、小説内で同居させられることは、相当に大きなことだと思う。……言葉が、本当にすぐに世界そのものとつながってしまう。自分の過去を思い出すことが、世界的な次元に簡単につながりすぎる。それに引きずられる形で、決して有名でない人びとや土地が世界の中心に持ち上げられる。
まるで、世界の複雑さが圧縮された万能細胞内に生きる、アダムやイブに対しての接し方のように、息子や妹や妻と語り合う。それが、私である、と言えてしまえる。このようなかたちでの複雑さの削減は、読むという小さな刺激を与えるだけで瞬時に爆発して地球そのものになってしまうような、そんな危うさを秘めながら、言葉を繰り出す。だから、『水死』などは、読んでいると危うさを感じる。
たとえば、死にそうな息子を前にした母親が、「あなたが死んでもまた生んであげる」と言うとき。『二百年の子供』でのベーコンの輪廻転生。ギー兄さんの、名前による生まれ変わり。『晩年様式集』の末尾。言葉が命を発見することで、命は持続する。その時の言葉は、生命が環境を把握することと重なる。

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アレクサンダル・ヘモンが来日中にやるイベント3つに行ったけれど、すごい人だ、と思った。「自分が作家と紹介されるのに疑問がある、自分はノンフィクションもフィクションもみんな書くしサッカーについても書く。だから自分をwriterと思っている。作家というのは小さすぎる。」とか、「母国であるサラエボではフィクションとノンフィクションを言葉で区別しない」とか「わたしたちは個人であるという意味でみんな同じだ」とか「小説は場である、民主主義的な場。建築的な小説を愛している。個人としての主張などない。ボルヘスユリシーズの最初の2章を読んだだけで傑作と称した。なぜそんなことができたのか?ある街に行って、ここはいい街だ、と言うためにその街をすべて歩き尽くす必要はなかったからだ」とか、「英語で書きはじめられたのはシカゴという街に共感できたからだ」とか……あと、サラエボの人々が世界中に散らばっているということを強く意識する。

そこには、言葉が発せられるときに生まれる、発話者としての主体を、たった一つの点としてではなく、無数に散らばる場として考え、その場=語りを、現実非現実を問わず重視するスタンスが見える。つまり、言葉を通して、街に生きる自分を街として認識し、そこで言葉とともに生きること自体を生きる。

それは、サインをもらったときに、よりギョッとすることになった。みんな、よりよい書き手として――作家ではなく、書き手として、あなたとともにある。

東京国際文芸フェスでたびたび話題にされることも、またGRANTAの日本版でも、話題にされたり暗に示されたりすることとして、フィクションとノンフィクションの重なりがある。フィクションライターとノンフィクションライターがまざり、作家自身を思わせる語り手を文章に配置し……

その傾向は、トカルチュクとかにもすごくおもしろくあらわれているけれど、アレクサンダル・ヘモンは、はっきりとそういう点で、すごいと思う。

「わたしの町の地理はわたしの魂の地理なのだ」

ノーホエア・マン

ノーホエア・マン

The Book of My Lives

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GRANTA JAPAN with 早稲田文学 01

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