ニューワイド歴史学

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ニューワイド歴史学

このとき、いもりは博物館にもいた。鉱物たちの壁に敷き詰められている部屋のすみからすみまで、光を内側に閉じこめてどこかまっすぐな方向へ引き伸ばしたり、七色にしたりする何百種類もの鉱物たちの輝きを、ひとつひとつ覚えるように見つめていた。まわりに誰も、お客も警備員も受付も館長もいなくなっているのに気づかず、外は夜になり朝になり、ひとりぼっちの博物館で、いのししの剥製や山の木の根っこの模型や津波の実験装置や何トンもの大きさの丸石を吊るして作った時計たちからだけ見つめられる時間は、採掘された場所もたどってきた形もばらばらな鉱物たちの持つ何百種類もの時間と呼応して、ひとつのさびしさが生まれた。それは、部屋のすみにいた。磁石色の体を前後に揺らしながら、いもりの背後に近づき、いもりの体を包みこみ、首元にそっとみずからを注射した。意識にはのぼらなくてもそれ以降のあらゆるいもりの体に居座ることになるそのさびしさは、博物館にいるいもりの体重を空にむかって突き抜けるように蒸発させ、声を溶かし、いもりの魂もろとも、いもりの体を宇宙に映し出した。いもりの魂と体は、宇宙の密度や世界の勾配、分子の流れだけに支えられ、ゆらりゆらりとほこりのように浮かんでいた。

いもりとやもりの短めのおはなしです。

 

 

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ニューワイド歴史学 - 山本浩貴+h | ブクログのパブー