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柴崎友香『わたしがいなかった街で』

(※)2012年6月に書きました。今日ではありません。

 

 ここ最近、ぼくは「おもしろくない人の書いたものは結局おもしろくない気がする」とまわりの人に言うのは誤解を招くと思う。別にそれは天才がどうとかいう話じゃないのが伝わらない。物事の抽出と因果関係の設定、それぞれを要素として組みあがる視点がカメラのような機械としてあり、この機械が何を撮ってもおもしろく世界をあらわす意味で「おもしろい人の書く小説はおもしろい」。個々のモチーフ、例えばぼくは電車やホラーや廃墟が好きですというのはもちろんあるけれど、前提として。

 その意味で今もっとも優れた狂いを発しているのが柴崎友香だと言って、どれくらいの人が賛同してくれるだろうか。柴崎友香の考え方、ものの捉え方、そもそもそういったところがおもしろいからおもしろい。これはもちろん青木淳悟にも言えることだけれども。『ドリーマーズ』『寝ても覚めても』『ビリジアン』と、様々な角度で発展を遂げてきた先に、過剰さの満ち満ちた短編「ここで、ここで」を置き、そこから「わたしがいなかった街で」へと至る道筋はここからどうなってしまうのか。

 わたしという一人称がもたらす言葉の捕獲を、無数の角度から裁断している人々が多くあらわれている。磯崎憲一郎青木淳悟横田創岡田利規……語り手を読者、というより文章の受け手は想定することで文意を把握するが、それは小説において一人称と背中合わせに張り付きながらもずれている。三人称でありながらもその場その場の文章における一人称を見出す作業の中で「この文章は誰によって見られたものか」が奇妙なねじれをもって与えられる。これが文章でありながら文章とは違う小説の特徴の一つではないか。三人称でありながら複数の一人称が耐えず存在して因果律や遠近法を設定している(つまり世界を構築している)ことは横田創「トンちゃんをお願い」が明確にあらわしているし、わたしの知りようのないことをわたしが描写してしまうことで、語り手の一人称と登場人物の一人称がわずかに乖離し震えることを岡田利規が行った。磯崎憲一郎はわたしを複数の人物・場・時間に転移させて演じ、それによってすべてが過去でありながら現在でもあり、未来でもある地平に世界という人称を与えた(ここにおけるわたしとは何者か?)。青木淳悟に至っては情報を並べる手つきによって現実には存在し得ないような種類の人間を生み出してしまった感がある。これはおそらく登場人物をいくらSF的に加工しても想像できなかった類の人物で、この語り手といっていいかどうかもわからない人間の生成がこれから先の作家、さらには実際の人間に与える影響は徐々に大きくなっていくように思うけれど、もちろんそれは青木淳悟を様々な人々が消化し、栄養として別の成分に組み替えてしまうことで起こるものだから今から想像することなどできない。ただ、複数の作家が互いに言語そのものの考察・酷使から認知空間の再構成に取り組み、結果として世界の縦軸・横軸・奥行・並べ方をありえない方向へありえるようにしているのは間違いないと言えるだろう。これはヌーヴォー・ロマンなどが行った言語的過激とはわずかに種を逸していて、というのも現在の作家たちが行う過激さはあくまで具体的認知に強く足場を置いているがゆえに、ヌーヴォー・ロマンの作家たちのような「言語が世界よりまったく優位に立つ視点」らしきものが見当たらない(いや、これは単なる受容がそうであっただけで、ヌーヴォー・ロマンの作家たちの基礎には世界認知があったようにも思う、ロブ・グリエのカフカに対しての言及などを思い返せば……読み手側が彼らの書く文章を言語実験に近い、もしくはそのものとして考えた結果の悲しさだったのか?クロード・シモンを具体的認知として見ること、それはとても労力の必要なことだが作家はそれを行ったと見るのが正しいだろうし、けれどやはり読み手の認知に与える文章効果、場の生成が……)。とはいえ現在の作家たちの意識がそれこそ詩的領域から離れ、散文的なものへと至った結果としての過激さになっている感があるのはなんにせよ豊かなことではないだろうか。もしもこういった一人称の解体の経験蓄積が安部公房にもたらされていれば『密会』の次の段階を見ることができたのではないかと、ぼくは安部公房をお墓から引っ張り出してしまいたいくらい?

 と、いったところで柴崎友香に触れる。柴崎友香はよく言われるように、そして本人が言うように、世界を見つめる視点が極めて重要な作家であり、その重要度は作家そのものの範囲を超えて小説全般においてもまた重要度を際立たせるくらいだ。描写によって特異な世界観をあらわす作家はもちろんこれまで数えきれないくらいいただろうが、柴崎友香は明らかに普通でない目で世界を見、構築してしまっている。どうしてここまで無造作に物を捉え、語ってしまえるのか。不可思議なほどの断定によって獲得された、内部と外部の逆転しかねない空間。『寝ても覚めても』でそのモンタージュは集大成的な様相を呈し、書かれていることが狂っているのか、それとも読んでいる自分が狂っているのか、もはやわからない文章が綴られる。次作の『ビリジアン』ではここに過剰な時間の混在が設置された。子どものころの自分の視点と、それを追体験する未来の自分、そして過去を抽象化して思い出す自分、それぞれが一文ごとに展開し、うねりながら鮮やかな描写が連なる。このあたりの流れをまた機会があればまとめて書いてみたいのだが、ひとまずは現在の柴崎友香だ。これまで様々な狂いを体現してきた柴崎友香が、それでも手放すことのできていなかった枠組みを、ついに打ち壊す最初の小説と言えるのが「わたしがいなかった街で」だと思われる。ここから柴崎友香は一線を超える、そういってもおかしくないようにさえ思える。柴崎友香佐々木敦との対談で岡田利規の小説の一人称性に言及したのが2009年9月だが、それは「わたしがいなかった街で」における発展の予兆として今でははっきりと認識できる。今回の発展の前段階として2011年9月に発表された短編「ここで、ここで」があるのだろうが、それは文体的に、というより思考的に下地をつくっている。「ここで、ここで」は短編のなかでも比較的短い部類の小説だが、なかば実験的とも言えるほどの複雑さと圧縮に満ちている。ぼくは「わたしがいなかった街で」についてを書くつもりでいるからなるべく簡単に切り上げたいが、なかなか難しいかもしれない。最初に語られるのは巨大な橋の上での体験だ。ここで用いられる文章や論理展開の奇妙さは後々の「すべては夢だった」という展開を推測させるほどだが、もちろんそんな展開はこの小説に存在しない。

「いつのまにか」「その瞬間」の反復、さらには文章途中で話題が移り変わってしまいかねない速度。わたしによるわたしへの不可解な断定(「ほんの少しでも動いたら、あっさりとこの適当な柵を乗り越えて海に飛び込むことができる、と思った。歩道を歩きている人はいないし、簡単にわたしはそうすることができる。自分が飛び込むのを止められる気がしなかった。誰も気づかないあいだに実行する」「遥か遠くにイケアの建物が見える。なんとか、あそこまで」)、こういった文章は柴崎友香そのものに多く見られるもので、それが柴崎友香カフカ性を漂わせる理由になっているのだろうが、その過激さの密集した文体で描かれる。なぜ夢のように思えるのか? わたしがわたしから離れた存在として、しかしわたしに密着した、つまり因果関係の設定と許可と適用の範囲内にあり続ける距離感がわたしにわたしを異物化させ、わたしはわたしという同一性の回路をもってして外部の論理策定を行う語り手のわたしを侵食し、侵食されたわたしは世界内に存在するわたしにとって唐突すぎる変化をわたしと世界にもたらし、結果としてわたしは世界創造の7日間を生きる神に等しい驚きと自由に満たされた存在として恐怖と幸福に顔をゆがませる。

 柴崎友香の読点は非常におかしいのだが、なぜここまで読点を打たなければならないのか? この読点の多さは安部公房カフカ(の場合は翻訳だから違うかもしれない)にも見られ、と思えば手書きの作家には全般的に読点が多く見られるように思う。なかば予想に近いが、柴崎友香は自分で読点を打ちながら、自分でリズムを狂わし、戸惑い、そうして論理や時間や主格をポキポキと折って、カメラを何度も構え直しながら書いているのではないか。保坂和志が「未明の闘争」でかなり意図的に行っている文脈のずらしがある。まず一本の直線を引く。この直線上に普通は単語が配置されていくと考えるから人は文章を単語よりも計算式に近く読む。だがこれを、単語の配置の中で、直線上に単語をおかないならどうなるかといえば、もちろんまったく不可解におけばそれは不可解で済むのだが、わずかずつずらせば(それこそ一つ前の単語から連想可能なものでずらせば)読み手の中ではその短い距離の中で再度いつのまにか直線が引かれ直される。さらにまたずらされれば、また引き直す。そうやって続けているうちに、最初の直線とは違う直線が無数に一つの文章のなかで折りたたまれている状態が生まれる。おそらく普通の会話でもこういったことは行われているのだが、書き言葉の中ではあまり許されないこととして教えられてきた。端的に言って文章がまずい、と言われてもおかしくないレベルのこのずらしが書き手の場合には思考の展開の要素となり、読み手には次なる(自分にとって普通でない)因果律の教育を受け入れる準備になる。いや、書き手にとっても準備になる。細かな直線の引き直しを行う自分と、巨大な直線を引く自分が重なり合うとき、わたしはわたしに教育される。この教育の往復をどこまで発展させられるかが非常に大きい問題となる。

 また話題がおかしな場所にいった。このまま「わたしがいなかった街で」の構成に至ればスムーズなのかもしれないが、一度「ここで、ここで」に触れてしまったからには触れないといけない気がしてしまう。なるべく要点だけ拾い上げて満足させる。橋の場面が終わると、次の場面で、橋の場面が一年半前のことだったと告げられる。ではこの二つ目の場面が現在的な、つまり語り手とほぼ同化したわたしか? と思えば次の場面ではまったくそれまでの場面が言及されないことにより、いつのことなのかわからないまま読まされる。普通はこの三つ目の場面が一つ目と二つ目の後に起こったこととして把握すれば問題ないのだろうが、次の段落に至れば「去年の二月にバスを降りて橋に辿り着くまで、ほとんど人には会わなかった」と始まる。これはこの小説の、つまり最初の橋の場面の一文目「バスを降りて橋に辿り着くまで、ほとんど人には会わなかった」と呼応し、再び橋の場面になったのかと読者を揺さぶるのだが、ぼくは「去年の二月にバスを降りて橋に辿り着くまで、ほとんど人には会わなかった」と言われて、どう読めばいいのかわからなかった。去年の二月までほとんど人と会わなかったのか? これは現実なのか? と思い、何度もこの文章を読んでしまった。こういうことが柴崎友香の文章を読むときには必ずある。同じ箇所をぼくは5分くらいずっと読んでいる。他の小説でもよくあるし、ぼくは全般的に本を読むのがすごく遅いけれど、特に柴崎友香のような異質なリズムを持った人の文章は口に含んでもなかなか飲み込めない。いつ飲み込めばいいのかわからない。たとえばもしもこの文章の「去年の二月」が「翌年の二月」だったりすれば健全に読めるだろうに、去年だと読めない。過去形は「〜した」「〜だった」などで決まるものではなく、ほとんど文脈で決まる。文章内に「昨日」などの単語があれば、それは過去形だと推測され(さっきの流れでいえば「直線が引かれ」)、その中で読み進められていくのだが、ここで同時に語り手のわたしと言及対象のわたしの関係が計られ、歪みが発見された瞬間、文意がよくわからなくなってしまう。それは文章一つが一本の直線であるという前提で読めばわからないのであって、その場その場の短い距離では案外わかる。というかそれがわからないなら単に破綻した文章と言われても仕方が無い。しかし大きな直線で読むこともまた強いられるし、それを行うことで世界に新たな因果律が刻まれる。それを具現化させていくことが小説世界を現実世界とは別の場に変えていく。わたしは実際に去年の二月までほとんど人と会わない人生を過ごしてきた、どこかに隔離されていたりした、そんな人間がわたしだった。

 ということは柴崎友香においてはそこまで過激に行われない。この文章の意味は単純に、二つ目の場面で判明した「橋での体験は一年半前のものだ」という情報を最初の文章に付け加えた結果として書かれているのだろう。それがこういった文章になってしまうのを許す柴崎友香が奇妙だし、そういった柴崎友香がおもしろいから柴崎友香の小説もおもしろいということになるのだろうが、それはいい。

 そもそもこの再来した橋の場面は、一つ目の橋の場面の前に配置されるべきな場面だが、それを根拠づけるものなどない。ここでも大きな直線は想定に過ぎない。こういった時間のゆがんだモンタージュがいくつも行われる。現在のわたしと過去のわたし、言及するわたしと言及されるわたし、その二項に加えて第三項として「思い出されるわたし」も存在する。この三つ目のわたしは存在するのかどうかわからない形で存在する世界に生きていた。そしてそのわたしがふらふらとかすれながら立っているからこそ、過去のわたしや現在のわたしが存在する。この曖昧なわたしは語り手と登場人物それぞれのわたしを繋ぐ回路ではないか。このわたしがあらゆる因果律の設定や断定や飛躍をもたらす元凶ではないか。ならばこのわたしをたしかに見つめなければならない。このわたしは「いたかもしれない場所」を過去や現在のわたしに提供するそれによってわたしは未来に開かれる。「いるかもしれない場所」へ。それがまた「いたかもしれない場所」に戻ってきたとき、わたしはわたしの同一性を維持したまま別の人間であったかもしれないわたしを呼び、それがまたもや「いたかもしれない場所(人・時間)」として過去や現在のわたしを覆う。この回転は極めて高速に行われるがゆえに、わたしは世界を埋め尽くし、この世界の論理すらも言及しはじめる。一度「あったかもしれない」と想像されることは、つまり「あった(ある)」と断定可能な範囲に置かれたということでもある。ここでわたしは一度限りの体験、一度限りのわたしでない体験やわたしを発見し、これがイコールで反復となることで過去や現在や未来が配置される。個々の要素に群集合を見つけること。たったひとつの名前で片付けられると思っていた体験のなかにいくつもの体験を後から見出すことで、わたしの時間が生み出されること。抽象性から具体性への発展。そこにわたしはわたしとしての現在を感じる。「ここで、ここで」の中の展開に結びつければ、幼児が自分の頭を床にぶつけたとき、ふいにかつて机や椅子の角で頭をぶつけたことを発見し、「わたし」に対して「ここで、ここで」と言い、「わたし」は幼児に対して「前に?」と言う。この「前に?」は、わたしが幼児の中へ時間を教えた言葉であり、同時にわたしが幼児になった言葉でもある。この幼児にとって、かつて机や椅子の角で頭をぶつけた自分は別の自分であり、「わたし」もまた別の人間だが、しかしどちらも自分の中に因果律(ここでは現在と言った方が近いか)を教育する自分である。「わたし」が幼児にとって自分(=回路の繋がった世界)なら、「わたし」にとってもまた幼児は自分だ。このようにわたしは世界と往復関係を持って生きていくのがわたしになる。

 そしてようやく言及できるのだが、この小説の最後の場面。「一組だけ前を歩いていた酔っ払った夫婦らしい男女が、頭上を見渡した。わたしと同じように。あんなにたくさんの燕の声を一時に聞いたことはなかった」という文章。特に最後の一文。この文章の主語はいったい誰なのか? 「わたしと同じように」と書かれることでもはや次の断定的な文章の主語は普通にイコールで語り手と結び付けられない。いや、「語り手=登場人物としてのわたし」としての語り手と結び付けられない。この断定こそが次なる発展を用意した。それが「わたしがいなかった街で」だ。

 幽霊は、幽霊がその場にあらわれるという情報を聞いた瞬間にあらわれるものであり、それは自分以前に存在した、つまり過去としての「わたし以外」が世界に存在することを許した結果としてあらわれる他者を通じて、わたしの中の恐怖が現実に染み出す。「わたしがいなかった街で」で行われる最も大胆な現象はこの幽霊に近いものとしてある。

 小説の語り手はわたしだ。それと近い、分身のような存在として夏という女性が出てくる。わたしは夏の兄のクズイと親しく、しかし夏とは会ったことがない。わたしは友人の中井を通して夏の話を聞く形で夏が小説内に登場し、最初はそうやって間接的な登場人物のひとりだったのが、少しずつ夏を主観とする三人称的描写があらわれ、ついには逆転に近いところまで至る。小説の最後ではもはやわたしは背景と化し、全面に夏が出される。このように言えばこれは岡田利規の行った一人称の逸脱を流用しただけのようにも思えるかもしれないが、それだけで終わらない。なぜ夏にならなければならなかったのか? という問題が全編を貫く。

 わたしは戦争映画をひたすら見る。戦争映画を見はじめると、描写は戦争映画の中の世界、つまりほとんど視点がわたしから離れ、戦争地帯へと降り立つ。そしてそれに伴い、わたしは「なぜ自分はここにいるのか、あそこにいないのか」と考える。同じように祖父の話が出てくる。祖父は原爆の落ちる少し前まで広島でコックをしていた。もしもそのままコックをしていたらわたしはいなかった。別のわたしがいた。そもそもわたしは祖父がコックをしているように思ったことがなかった。伝聞で「祖父はコックだった」と聞くだけでしかない。「祖父はコックだった」と言われた瞬間、わたしにとって祖父はコックだった。

 過去はそうやって現在に侵食するのは当然の話だろう。自分のいま住んでいる場所が空襲で焼けたかどうかをわたしはいちいち気にかけてしまう。わたしはiPhone電子書籍アプリで梅野十三の戦争時の日記をダウンロードし読んでいく。実際に本文中に挿入されるその文章は、わたしの今いる場所に焼夷弾を降らせ、燃やし、わたしが駅を見ると、座り込んで電車を待つ人々が現代の人々とぶれながらも重なる。こういった過去の存在はわたしにとっての、「ここで、ここで」における幼児にとってのわたし、つまり教育者として機能し、ということはわたしは梅野十三に染み込み、その時代の人として生きなかったわたしにわたしは更新される。新しいわたしは代理し、代理される存在に発展する。祖父が行きたいと言っていた場所へわたしが代わりに行き、わたしが会えない夏に中井が会う。そうやってあらわれる複数の可能性が、この作家には珍しい(新しい?)語り中心の文章で記される。今まで描写を主としていたのが一転して語りの比重が増している。これによって戦争や複数の主体の混在をかなり拡大した領域で可能にしたのではないか。会ったことのある人と会ったことのない人。もう死んだ人とこれから一生会わない人。こちらは偶然見かけたけれど、あちらはまったくこっちに気づかなかったこと。運命。そう、運命とは何か。運命は必ず現在を通っている。もしも通っていないなら運命とは呼ばれない。運命こそが幽霊を現出させる強力な因果律として機能する。

 どの運命をどれくらい信じるか? それはほとんど同じくらい「『世界と表裏一体のわたし=語り手のわたし』を信じられるか」に近づく。世界には無数の要素が転がり、それぞれが統一ではなく関係によって絡まり合っている。どことどこを関係づけるかが認知となる。偶然自分と同じ帽子を買っていた人に運命を感じることができれば、わたしはその人と付き合うことができる。わたしがもう一本早い電車に乗れていれば、そのときのわたしは目的を達成できた。運命の設定は現在から一本の線を過去と未来へ引くことになるがゆえに、その線はわずかなブレを起こす。もしもわたしが今のわたしでなかったとしたら、そのときのわたしが持っている運命は……

 わたしがわたしのわたしでない部分、つまり(「人間でない」「動物でない」ではなく「非人間」「非動物」である、という意味での)「非わたし」、わたしの範囲外を超え出るわけではないけれどわたしでもない存在を受身的に信じることで、わたしは受動的でありながら能動的に世界の運命を定める存在に近づく。この受動性と能動性の混在関係が小説を書く上で凄まじく大きいのではないか。これは誤解を恐れずに言えば書き手の身体に依るものかもしれない。書き手が何を見、何を聞き、何を原因と結果に選ぶのか、それが世界に共有された一般的遠近法と異なる遠近法で世界を再構成していく。この身体は脳も神経も精神も思考もすべてを巻き込んでいる。生まれてから死ぬまでの蓄積。この身体ほど世界を秩序だった形で(しかし別の秩序へ)再構成するのに効率のよい機械はない。その場その場での選択でありながら、しかしその選択を行っているのは紛れもなくわたしであり、あったかもしれないわたしが否定を内在して現在の運命を生きるわたしに回帰することが、「世界=わたしの前に立ち現れている細胞、分子、時空……」となる。

「わたしがいなかった街で」は柴崎友香にとって大胆な変異の小説となったように思う。これまで匂わす程度だった一人称の逸脱を、はっきりとした具体としてあらわし、構築したことで、巨大かつ複数の要素を投げ入れても壊れない枠組みを手に入れたように思う。それはある種の箍が外れた状況でもある。これまでこの作家にとってやってはいけなかったことをしようとしている気がする。これまでも毎作品ごとに階層を上がってきた。やってはいけないことをしてきた。しかし今回はその中でも最も危うい自分の存在を直接に扱った。自分の存在をここまで大きく変えるにはもちろん語り方を変えなければならない。そのため手慣れた手つきとはいかず、やはり文体的な発展度合いは以前までの方が強力であったのは否めない。それゆえにこそ、ここからさらなる狂った世界へと自分を開こうとしているのがわかるという意味で、現在の柴崎友香がまだまだ最初の段階に過ぎないと言えるかもしれないし、少なくとも言うべきだと思うばかりだった。

 

 

わたしがいなかった街で

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